vol.10 アジアヘビウ

1.沈下木の上で狩りのチャンスを待つ

ヘビウの仲間はペリカン目ヘビウ科の水鳥で、現在は1属4種が知られています。南米にアメリカヘビウ、アフリカにアフリカヘビウ、東南アジアにアジアヘビウ、オーストラリア、ニューギニアにオーストラリアヘビウが分布しています。アメリカヘビウを除く3種は、比較的最近まで同一種として扱われてきました。ヘビウの仲間はアオサギやムラサキサギと同じように長い首を持ち、名前は「ヘビのような首をした鵜」という意味です。英語ではDarter、つまり「Dart(投げ矢)を射る人」のことです。Snakebirdとも呼ばれます。長い嘴、長く伸びた体、長い尾が特徴で、嘴は一般的なサギ類と同様、槍のようにまっすぐ尖っています。私たちが鵜飼いなどで知っているウミウやカワウは、同じペリカン目でもウ科と言う別の科に分類されています。この仲間はヘビウと違って、嘴の先端が鉤型に曲がっています。

「全長」は動物の大きさを表す方法の一つです。鳥の場合、全長は嘴の先から尾の先端までです。アジアヘビウは、全長85~97センチ、翼と尾は艶のある黒色ですが、翼の表面には白っぽい細い縦縞がたくさん入っています。腹面は黒褐色、首は赤みを帯びた褐色で、両側面に白い縦線が入っています。嘴は黄色、足は灰色がかった黒色です。「髪はカラスの濡れ羽色」という言葉がありますね。黒く艶のある髪をほめるたとえです。アジアヘビウを至近で見ると、「黒とは、こんなにもきれいな色だったのか」と感心させられます。 ボルネオ島では、ほぼ全域に分布しています。しかし、全体的には以前に比べて減少している印象を受けます。また、サバ州のキナバタンガン川下流域のように普通に見られ、ねぐらでのコロニー(集団)が観察される地域と、逆にほとんど見られない地域があります。例えば、残された貴重な熱帯多雨林を売り物にしているダヌムバレー保護地域では、単独個体が渓流で見られる程度です。

キナバタンガン川をボートで進むと、枝だけを水面上に出している沈下木に止まり、水面を凝視している姿に遭遇します。おそらく、「さあ、捕らえてやるぞ」と、水面下の魚の動きを見ているのでしょう。また、高い梢で両方の翼を広げている姿も普通に見かけます。羽ばたくように高く掲げるのではなく、肩の高さで吊り下げています。これは水に潜ったことで濡れてしまった翼を乾かしているのですが、ヘビウは他の鳥より羽の脂が少ないので、よく乾かして,嘴で羽に脂をぬるためのようです。川に浮かんでいる時は、頭と首だけを残して、体の大部分は水面下です。ですから、よほど注意して探さなければ、ボートからは気づきません。近づきすぎると、ヘビウはサッと潜水し姿をくらませます。しばらくして20メートルも30メートルも離れた所でピョコッと浮かびます。もちろん、頭と首だけを水面上に出すだけです。

2.木に這い上がる。水面から飛び立つことが不得手だ

3.夜は1ヶ所でコロニーを作って過ごす

ウミウやカワウは嘴で魚をはさんで捕らえます。一方、「ヘビウは、嘴で魚をはさむことはせず、突き刺して捕らえる」と、書物にあります。ただ、私はその行動を見ていません。

キナバタンガン川の下流にルサン川という支流があります。カワトンボの調査に同行した時でしたが、何十羽ものヘビウが飛来して着水、潜水を繰り返していました。魚を捕っているようです。ところが、魚を持ったヘビウは見当たりません。多分、水中で獲物を呑み込んでいるのです。たまに、くわえて出てくるものもいましたが、魚を突き刺しているものは一羽もいませんでした。多くの書物が「はさむ漁」を否定しています。しかし、はっきり確認出来たことは、ヘビウはサギ類と同様に、魚をはさみ捕るのだろうということです。おそらく突き刺す漁もするのでしょう。ルサン川で群れていた魚は10センチ足らずの小魚です。ヘビウの嘴が細長いと言っても、それなりの幅があり、それを突き刺せる大きな魚ばかり選んでいるのではありません。それに、もし、突き刺して捕らえたならば、そのままでは呑み込むことが出来ないはずです。一旦、枝や岩に上がり、足を使って嘴から離すことでしょう。キナバタンガン川一帯では、私はその場面を目撃していません。

私は動物の観察を続けると同時に、専門書を読むことも心掛けているし、参考にもします。しかし、確かめることが可能なものは、自分で確認したこと以外、基本的には信じません。その典型がラフレシアの臭いに関する記述です。ほとんどの書物に、「耐え難い強烈な腐臭」とあります。私は3種類のラフレシアを見ています。数で言えば50個以上の花を見ました。2種類に関しては、小指大のつぼみから、9ヶ月後の開花(しかも開花前夜から、開花時、盛花、しぼみかけ、枯れてしまうまで)を観察してきました。確かに腐肉を好むキンバエも来ますが、臭いはキノコに似ており、臭いの強さも普通の花の範囲です。

ラフレシアは南アジアに約15種類確認されています。そして、おそらく世界で一番数多くラフレシアを見てきた人は、蝶の研究で大きな業績を残された大塚一寿さんでしょう。私は氏と共に一年間をサバ州で過ごしましたが、「臭いはほとんどない」と話しておられたし、大塚さんの論文にも臭いに関して特筆されていません。東インド会社のラッフルズ卿がスマトラ島で最初にラフレシアを発見した際に「強烈な死臭を放つ花」と記述しました。それ以来、多くの書物に「ラフレシア=死臭」と載せられます。ラッフルズ卿が感じた死臭は何から発せられていたのか、真実は何なのか、今では知るすべもないのですが、私は自分で確認した事実だけを、皆さんに伝えたいのです。

和名/アジアヘビウ
学名/Anhinga melanogaster
英名/Oriental Darter

著者紹介

安間 繁樹(やすましげき)

安間 繁樹(やすましげき)
1944年 中国内蒙古に生まれる
1963年 清水東高等学校(静岡県)卒業。
1967年 早稲田大学法学部卒業。法学士。
1970年 早稲田大学教育学部理学科(生物専修)卒業。理学士。
東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。財団法人平岡環境科学研究所評議員。環境省「身近な野生生物の観察」指導委員。
2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。

若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。

著書 西表島および琉球列島関係
『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数