vol.7 マレーオオトカゲ

1.急流の途中で一休み。

初めてカリマンタン(ボルネオ島インドネシア領)に滞在した1986年のことです。サマリンダ市にあるJICAプロジェクトで準備を整えた後、私は一人、ブキットスハルト研究林に入りました。さっそく調査の開始です。リスやネズミなどを捕らえるためにカゴワナを仕掛け、また、ヤマネコをおびき出すために、森の中に生きたニワトリを置きました。

翌朝、ニワトリは元気でしたが、午後、再び訪ねて驚きました。ニワトリが足の先端を残して消えているのです。何かが食べたのです。しかし、ヤマネコなら一度で食べ尽くすことは無理ですし、昼間やってくることもありません。足跡がないので、主を特定することが出来ませんが、私は、今度は肉片を置きました。それは翌朝まで残りました。

「ニワトリは日中にやられた」。思い出した私は、そのまま現場で木に登り、チャンスを待ちました。そして、やがてやって来たのは、恐竜とも思える巨大なトカゲでした。

爬虫類の中でも、オオトカゲの仲間はアフリカ大陸、アジア大陸南部、南アジアの島々、ニューギニア、オーストラリアなどに分布しています。大きなものはコモドオオトカゲの全長3メートル、体重70キログラムから、小さなものは全長20センチのヒメオオトカゲの一種まで約60種がいます。すべてオオトカゲ属に含まれますが、分類は流動的です。

ボルネオ島には3種類が分布しています。このうちマレーオオトカゲはトカゲ類では4番目に大きく、成長すると2メートルを超える大きさになります。胴は太く四肢が発達。尾は全長の半分以上あり、強大で側扁しています。頭部はやや扁平(へんぺい)で吻部(ふんぶ)が細長く突き出ています。スリランカ、インド、中国南部から東南アジア、小スンダ列島、フィリピンの一部に分布。ボルネオ島では低地林、海岸林、川岸林などに広く棲み、町中の公園や排水溝、近隣の村、旅行者が良く訪ねるキナバタンガン川、ダヌムバレー、マヌカン島、サピ島などで普通に見られる種類です。旅行中に遭遇するオオトカゲはほとんど本種と考えて良いでしょう。

2.鋭い爪で木登り。

3.激しい求愛行動。

マレーオオトカゲは、ミズオオトカゲとも呼ばれるように、水辺を好み水に良く入り、泳ぎも潜水も生活の一部になっています。一方、鋭い爪で木にも良く登ります。私は、テングザルを観察しようと木に登っていて、太い枝の上でオオトカゲと鉢合わせしたことも何度かありました。昼行性で、夜は大きな木の枝の上で眠ったり、倒木下や地中に掘った穴で休みます。普段は、途中から二股に分かれた舌をペロペロと出しながら、ゆっくり歩いていますが、臆病な性質で、人が近づくと猛烈なスピードで逃げ去ります。近づいても逃げないオオトカゲは、餌付けされているか人慣れしているもので、観光地だけで見られる現象です。卵生で、地中やシロアリの蟻塚などに、1回に15個前後の卵を産みます。

オオトカゲは相当な悪食です。水辺で魚やカエル、エビやカニを食べるだけでなく、ネズミなどの小哺乳類、爬虫類とその卵、木に登って鳥類、その雛や卵まで襲って食べています。農村では小イヌや小ネコを襲ったり、特にニワトリは頻繁に襲われているようです。あごや前肢の爪の力が強く、大きな獲物は引き裂いて食べます。熟して地上に落下した果実、さらに動物の死骸、車にはねられた死体なども食べています。

オオトカゲの「掃除屋」としての役割は確かなものですが、そんな時に車にひかれることも多く、路上で見る轢死体の半数以上はオオトカゲです。余談ですが、悪食だからなのか他の動物とタンパク質が異なるのか、オオトカゲの腐敗臭は相当なものです。もう、鼻がちぎれてしまいそうな耐え難い悪臭です。一度、旅行中、知人の車がオオトカゲの死骸を轢いてしまったことがありました。直後、強烈な臭い。窓は閉めてあるしクーラーを効かせているのに、もう、気絶しそうです。窓を開けてもだめ。私たちはホテルへ着いてすぐに洗車し、車にウィスキーをかけて「お祓い」をしました。

それなのに、肉を食べた人は「ニワトリと同じだ。淡泊でおいしい」と言います。コタキナバルにはオオトカゲを出すレストランがあるし、ブルネイにもワニやニシキヘビと一緒にオオトカゲの肉を売る店があります。皮が革製品に利用されることもあります。

デュメリルオオトカゲは低地林や湿地、マングローブに棲んでいます。最大で1.5メートル。顔や胴の下面は、黄色がかったオレンジ色という明るい配色をしています。上手に潜水し、また木登りも得意です。主に動物食で、魚、カエル、カニやエビ、昆虫類の他、爬虫類や鳥類の卵、さらに小哺乳類も襲って食べています。

ザラクビオオトカゲは、成長しても全長1.2メートルほど。後頭部から頸部にかけて丸い大型の鱗が密集し、前述の2種に比べると全体が黒っぽく見えます。主に低地林に棲んでいますが、川から離れた森林で遭遇することが多いように感じます。前述の2種より高い所にまで分布し、私は標高1000メートルの森林内で観察したことがあります。
2009年、ゴマントン保護林での遭遇です。大きな動物がいて、一瞬「シカ」と思ったのですが、良く見ると、立ち上がったオオトカゲでした。しかも、2頭が抱きあい、ドドドーッと音を立てながら押しあっているのです。ぶつかり合う力士のようにも見えました。

2頭は林床に倒れ、また立ち上がり、私たちがいるのも構わずに暴れ回っていましたが、5分ほど経つと、四つ足に戻り、足早に林内に消えてしまいました。私たちが見た光景はオオトカゲの激しい求愛行動だったのです。

和名/マレーオオトカゲ
学名/Varanus salvator
英名/Water Monitor

著者紹介

安間 繁樹(やすましげき)

安間 繁樹(やすましげき)
1944年 中国内蒙古に生まれる
1963年 清水東高等学校(静岡県)卒業。
1967年 早稲田大学法学部卒業。法学士。
1970年 早稲田大学教育学部理学科(生物専修)卒業。理学士。
東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。財団法人平岡環境科学研究所評議員。環境省「身近な野生生物の観察」指導委員。
2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。

若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。

著書 西表島および琉球列島関係
『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数