vol.8 ジャワジャコウネコ

1.中型犬の大きさ。尾は太く長い。

1999年11月、私はサバ州東海岸にあるタビン野生生物保護区で哺乳類相の調査をしました。当時、私はサバ州野生生物局に勤めていました。

保護区にある唯一の林道を進むと、16キロ地点に山小屋があります。使われなくなって久しく、かろうじて雨露がしのげる廃屋です。レンジャー1人と滞在、私は小屋の中にテントを張り、彼はハンモックを吊りました。

このレンジャーは敬虔なイスラム教徒で、私が買ってきた食材を、ブタを使っていないか一つ一つチェックしました。イスラム教徒にとってブタは最も不浄なものでタブーなのです。鍋を指さして「ブタを調理したことはないか」と尋ねるから、「新品だ」と答えると、これには安心したようですが、この彼が、1週間後に町へ戻ると、まず口にしたものはビールでした。イスラム教徒にとっては、アルコールもタブーなはずなのですが・・・。

そんな彼ですから、何かと頼りないのです。私は、不覚にも小屋の中でオオムカデに咬まれてしまいました。灼け火箸を差し込んだような痛さでした。「やられた」と思いながらも、私はナイフで患部に傷をつけ血を絞り出し、ティーバッグを押しつけました。茶に含まれるタンニンに解毒作用があるだろうと考えたからです。その間、彼はパニック状態で、「病院へ行こう」などとわめいています。「4時間もかかるんだぞ。おまえ運転できないんだろ」。私は彼を相手にしませんでした。

私は終始、逃げるオオムカデから目を離しませんでした。傷の手当が終わった後、写真を撮ろうと朽ち木を除けると、先ほどのオオムカデが現れました。すると、彼が走り寄ってきて、棒きれで打ちのめしたのです。「馬鹿か、おまえ」。私は日本語でののしりました(彼は日本語を解せません)。オオムカデをカメラにおさめ、標本にもしたかったのです。

さて、そんなアクシデントがあった日の夜9時、ロウソクに照らされていた板壁が、一瞬、暗くなりました。「何だろう」と上体を起こすと、机の上で食べ物を探している動物の姿が見えました。白い首にくっきりと浮かんだネックレス模様、ジャワジャコウネコです。「またか」。どこでキャンプをしても、最初にやってくる動物です。しかし、悪い気はしません。れっきとした野生動物を間近で観察できるのですから。それにしても、大胆不敵です。ロウソクの火があり、至近に人が寝ているのです。

「シーッ」。私が起き上がって声をあげても逃げません。私は自分の顔にライトを当て、今度は大声をあげました。すると、ジャコウネコは、「まずかったなあ」と言いたげに足早に立ち去りましたが、その後も未明まで何度かやって来ました。

2.ジャコウネコは尻に臭腺を持っている。

3.夜中、キャンプの台所にやって来た。

ジャコウネコという動物はネコではありません。ネコとイヌの中間に位置するグループで、日本ではハクビシンと、沖縄島などで野生化しているジャワマングースがこの仲間です。どちらかと言えばイヌに似た体型ですが、樹上性の種類は胴長短足で、イタチの仲間にも似ています。歯の総数はイヌ科が42本、ネコ科30 本、ジャコウネコ科は40本が基本で、イタチ科は38~42本とまちまちです。

ジャワジャコウネコはマレーシア半島からスマトラ島および隣接した島々、ボルネオ島、パラワン島に分布。また、スラウェシ島は哺乳類の種類が少ない所ですが、ここにも分布しています。ボルネオ島では低地混交フタバガキ林を中心に、近くに森林があれば耕作地や屋敷林でも見ることがあります。私が確認した最も高地はキナバル山の標高1300メートルの地点でした。ジャコウネコの中ではもっとも普通に見られる種類で、肉食動物を観察しようと、森の中に肉片を置いて待つと、最初にやって来るのは、ほとんど本種です。ヤマネコが来たと喜んでいても、数日後にはジャワジャコウネコに餌場を占拠されてしまうのが常です。

ジャワジャコウネコは、最大で頭胴長66センチ、尾を含めた全長は1メートル。体重10キログラムになります。上体は灰色地にたくさんの黒斑が分布、また背中の稜の部分には、尾の先端にまで黒い線状斑が伸びています。さらに、尾には15個ほどの環状斑が並んでいます。首から胸、腹部にかけては白色、黒い3本の際だった首輪模様があります。足は黒色で、ソックスを履いたような感じです。

夜行性で、普段は単独生活。地上中心の生活ですが、木に登ることもあります。日中は薮や灌木林などで過ごし、夜間、開けた耕作地や人家近くにやってくることも普通です。

食べ物は、主に森林の林床に棲むヘビやカエル、昆虫類です。また落下した果実も良く食べています。観察する時、私は鳥肉片を用意しましたが、バナナも好んで食べるし、煮たサツマイモも食べました。ボルネオ島の農村部や山間部では、ニワトリを放し飼いにしています。しかし、夕方になると小屋に入れるか、カゴに入れて高床の下側に吊します。そうしないとジャコウネコやヤマネコに食べられてしまうからです。普通1回に2~3頭を出産し、野生では13~15年ほどの寿命と言われています。

「キロ16」と呼ばれる小屋でキャンプした夕方、レンジャーは盛大な焚き火をしました。蚊いぶしのためです。それが、夜半には盛り上がったおき(炭火)に変わっていました。ふと気がつくと、先ほどのジャワジャコウネコが長々と寝そべって、30分にもわたって暖を取っていました。夜の小スコールで濡れた体を乾かしていたのでしょう。

和名/ジャワジャコウネコ
学名/Viverra tangalunga
英名/Malay Civet

著者紹介

安間 繁樹(やすましげき)

安間 繁樹(やすましげき)
1944年 中国内蒙古に生まれる
1963年 清水東高等学校(静岡県)卒業。
1967年 早稲田大学法学部卒業。法学士。
1970年 早稲田大学教育学部理学科(生物専修)卒業。理学士。
東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。財団法人平岡環境科学研究所評議員。環境省「身近な野生生物の観察」指導委員。
2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。

若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。

著書 西表島および琉球列島関係
『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数