vol.9 ジャワオオコウモリ

1.吊り下がって休息する

東カリマンタン州で生活していた1990年頃のことです。テングザルの調査でジュンバヤン川を遡りました。午後になってタナメラというダヤク族の村に上陸したところ、「収穫祭があるから、ぜひ見て帰るように」と勧められました。私は舞踊にも興味があったので、一晩泊めてもらうことに決めました。そこで、舟を雇い、友人を道路まで送り届けることにしました。下り1時間、上り1時間半の距離です。

途中、川縁の木にオオコウモリが吊り下がっていました。約5メートルの高さです。帰りがけにも、同じ所にいました。ほとんど動いていないように見えました。ところが、翌日、下って帰る時にも同じ格好でいたのです。

「これは死んでいる」。そう判断すると、私は船頭に舟を寄せさせ、幹をよじ登りました。オオコウモリは、大きな足の爪で枝に逆さ吊りになっていましたが、案の定、すでに死んでいました。私はこれを注意深く回収し、その後、大学の実験室で細かな測定を行い、全骨格の標本を作製しました。

世界の全哺乳類4300種のうち、コウモリの仲間は約1000種、全体の4分の1弱を占めています。このうちオオコウモリの仲間(オオコウモリ科)が約200種。もっとも良く知られているのがオオコウモリ属(Pteropus)で、旧世界の熱帯・亜熱帯に60~70種類が分布しています。

オオコウモリという名前から、全種類が大きな体をしていると思いがちですが、両翼を広げて1.8メートルになるものから、せいぜい10センチほどのものまで大小さまざまです。共通することは、すべて植物食で、ほとんどの種類は超音波を出す器官を持たず、飛ぶ時は視覚に頼っているということです。そのため目が著しく大きく、眼球も飛び出しています。逆に耳は体に比べて小さいのです。一見、イヌのような顔つきです。一方、オオコウモリ科以外のコウモリは、超音波を出してそれを頼りに飛び、昆虫などを捕食しています。

もう一つ、コウモリも他の動物と同様に、足の全指に爪があります。しかし、手に相当する翼では、爪は第1(親指)にあるだけです。ところが、オオコウモリの仲間には手の第2指にも爪があります。同時に腿間膜(たいかんまく)が発達していないことも特徴です。腿間膜とは腿と腿の間にある膜で、中央部に尻から尾が伸びています。

第2指の爪は、オオコウモリが枝から枝へ移る時に役立っています。飛び移るのではなく、果実を求めて枝から枝を伝い歩くわけです。腿間膜は昆虫食コウモリのいわば捕虫網の役割をします。ですからオオコウモリには不要ですし、かえってじゃまになるのです。それだけでなく、翼や腿間膜を含む皮膜はヒトの皮膚に相当し、枝に引っかけてしまうと破れてしまうことがあります。皮膜は動きに対応して伸び縮みするもので,コウモリ傘のように折りたたんだりだぶついたりすることはありません。

2.枝から枝へ伝い歩く

3.飛び立ってねぐらへ向かう

さて、ジャワオオコウモリはインドシナ、タイ、マレーシア半島、スマトラ、ボルネオ、ジャワ、バリ、チモール、フィリピンの一部に分布しています。大きな個体では前腕長200ミリに達します。と言うことは両翼を広げると130センチ近くあると言うことです。体重も1.1キログラムになります。背面は全体に黒色ですが、薄い部分もあり縞模様を作っています。頭の後面も黒色、首から肩にかけてはダイダイ色、下半身は黒褐色をしています。

ボルネオでは全島的に分布していますが、一般には標高の低い地域で、特に海岸や大きな川近くに多いように感じます。逆に、山地林など標高が高い所では見られません。キナバル山でも、分布は標高500メートル以下の山麓部です。

日中は大木の高い枝にコロニー(集団)を作って休息します。巨大な果物が吊り下がったような光景ですが、暑いのか、翼をパタパタさせて涼を取ったり、周囲を旋回する個体も見られます。大集団は1000頭から、時には3000頭に及びます。休息場所はニッパやマングローブ、無人の小島にある森林など人が近づけない場所を選んでいますが、カリマンタンのマハカム川では大きな支流に1つくらいの割でコロニーがありました。舟からは眺められるのですが、すべて、歩いて近づけないような斜面の森にありました。

夕暮れ時になると、ねぐらを離れて食事に出かけます。果物を求めて60キロメートル、時には100キロメートルも離れた所まで出かけます。飛び方は、ゆっくり羽ばたきながら飛ぶカラスのようです。20~50メートルの高さを水平に飛んで行きます。目的の場所に着くと、そこに数時間も滞在し、食事を採り休息もし、明け方になって戻っていきます。

食べ物は果物ですが、そしゃくして果汁を飲み込み、種や繊維質は吐き捨てるのが普通です。果物の季節になると農園や屋敷林にやって来て、ランブタン、ミズレンブ、ランサッなどの果実、バナナの花や若い実、ヤシ科植物の花などを食べます。時には害獣扱いされ、銃や長い棒、カスミ網のように張った漁網などで捕獲されています。サバ州のコタキナバル市では、皮を剥いだ肉が日曜市で売られていたり、料理として出すレストランがあります。私は食べたことがありません。サバ州やブルネイでは狩猟対象獣になっており、時期や頭数に制限がありますが、許可証を買って捕獲している人たちがいます。

季節にもよるのですが、オオコウモリはサバ州のキナバタンガン川ゴマントン付近、クリアス川、スガマ川のティドン村などで大群の飛翔を見ることが出来ます。

和名/ジャワオオコウモリ
学名/Pteropus vampyrus
英名/Large Flying Fox

著者紹介

安間 繁樹(やすましげき)

安間 繁樹(やすましげき)
1944年 中国内蒙古に生まれる
1963年 清水東高等学校(静岡県)卒業。
1967年 早稲田大学法学部卒業。法学士。
1970年 早稲田大学教育学部理学科(生物専修)卒業。理学士。
東京大学大学院博士課程修了。農学博士(哺乳動物生態学専攻)。
世界自然保護連合種保存委員会(IUCN・SSC)ネコ専門家グループ委員。熱帯野鼠対策委員会常任委員。財団法人平岡環境科学研究所評議員。環境省「身近な野生生物の観察」指導委員。
2004年 市川市民文化ユネスコ賞受賞。

若い頃から琉球列島に関心を持ち、とくにイリオモテヤマネコの生態研究を最初に手がけ、成果をあげた。1985年からは、おもに国際協力機構(JICA)海外派遣専門家として、ボルネオ島で調査および研究指導に携わってきた。西表島とボルネオ島に関し、あるがままの自然と人々の営みを記録すべく歩き続けている。

著書 西表島および琉球列島関係
『西表島自然誌』(晶文社)、『石垣島自然誌』(晶文社)など
ボルネオ島関係
『キナバル山 ボルネオに生きる自然と人と』(東海大学出版会)、『ボルネオ島最奥地をゆく』(晶文社)、『ボルネオ島アニマル・ウォッチングガイド』(文一総合出版)など多数