vol1.「セイウチのキバ」

セイウチはアシカやアザラシと同じ鰭脚類(ききゃく類・ひれあし類)の仲間で、長く大きなキバが特徴です。このキバは上アゴの犬歯で、根っこも含めると最大、オスは1m、メスは80cmにもなります。

セイウチの主食は二枚貝で、成獣は一回の食事時間に3,000~6,000個の貝を食べると言われています。以前は、私たちが潮干狩りの時にクマデやシャベルを使うように、キバを使って貝を掘り出し、貝殻を割って中身を食べると考えられていました。しかし、水族館での観察や、キバの摩耗状況よりキバをそのようには使わないことがわかりました。セイウチは、ヒゲや口先を使って砂の中から貝を掘り出し、閉じた貝殻のすきまから中身だけを吸い出して食べます。時には、口から大量の水を吹き出して砂の中から貝を掘り出します。この水を吹き出す行動は、水族館でも紹介をしているのでご覧になった方もいるかもしれません。セイウチのヒゲはとても敏感で、水族館での実験では、6mm四方のものをさがしあてることができました。口先もとても器用で、水族館ではプールのペンキをはがしたり、ボルトをまわしたり、イタズラにも使われて、飼育係を困らせることもしばしばあります。

セイウチのキバは、仲間やホッキョクグマとの闘争に使われます。氷に穴を開けたり、氷の上に上るときの支えにすることもあります。しかし、本来の役目は、シカやヒツジの角と同じように、セイウチ社会のステータスシンボルとして、地位をアピールすることにあります。キバを見せることにより、仲間どうしの不要な争いを避ける社会的な役割をになっています。

このように重要な役割をもつキバですが、水族館では、遊びざかりの子どもがキバを自ら削ってひどい虫歯になることがあり、時にはキバを抜かなければならなくなることもあります。

立派なキバのセイウチを育てることは、水族館の課題でもあります。

著者紹介

荒井 一利(あらい かずとし)

荒井 一利(あらい かずとし)
1955年 東京都生まれ
北海道大学水産学部卒業。専門は海生哺乳類。鴨川シーワールドで海獣類の飼育担当等を経て、館長に。現在、社団法人日本動物園水族館協会副会長を務める。

著書
『海獣図鑑』(文溪堂)など