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六竿目
ハチ刺されには小便か効いたことが有った

2011.11.13

分別をわきまえたはずのいい年になって何でこうも馬鹿なことばかり思い出すのだろう、一度や2度ではないのでこれもしみ込んだ身の錆かもしれない。

先月に「恥ずかしい思い出」が甦ったついでにおまけにもう一つ、とっておきのいい話をしてみることにする。

矢張りもうずいぶん昔のことになってしまった、下の娘が4歳だったからもう34年という時間がたってしまったことになる、すると私も37~8歳で血気盛んプロレスラー並みの体力がまだあったころの出来事である。

 

 

覚えたイワナ釣りが楽しくて仕方がなかった、週に一度の休みでは足りなくて朝3時に起きては山に入り、わずか10匹ほどのイワナを釣って7時までに家に帰り、朝飯を大急ぎで掻っ込んで出勤するという離れ業を毎日のように行っていた。

毎日夕方の7時には寝て朝3時に起きてイワナ釣りにホロケて(狂って)新婚の母ちゃんにも手を出さないとあっては、面白くなかったであろう、そっと布団を抜け出して今日もイワナ釣りに、、、、と思って真っ暗ら闇に踏み出そうとしたら、いきなり白い手が隣の蒲団から伸びてきてステテコをつかまれた。

がっちりとつかんだ無言の形相すさまじく、そのままずるずると布団の中に引きずり込まれてしまったことも有る。

 

 

イワナというやつは一人で釣るのがいいのだが、たまには母ちゃんにも楽しい思いをさせようとイワナ釣りに連れて行ったことがある、下の娘が学校前だったから置いて行くわけには行かない、女子供ずれだから小さな歩きやすい沢がいい。

山の上に車を止めて1本手前の沢を渡って対岸に上がり、道のないこんもりとした藪を少しこぐと目指す沢がある、人目につかない分イワナは多い、娘を背中に藪こぎしながら餌用にイナゴを捕まえたから9月の初め頃だったろう。

柳やタニウツギに囲まれた小さな沢に出た、イナゴの後ろ足を取って背中に針をちょんがけにし、釣らせるとすぐに8寸ほどのいい奴が食いついた、「ワー釣れた、釣れた」と大喜びされこっちも案内して良かったと胸をなでおろした。

 

 

さて次を釣らせようかと少し下手に場所を変えて移動したときに事件は起こった、川のそばに立っていた母ちゃんがとつぜん「痛い!」と飛び上がった、「また刺された」とバタバタしている。

そばに居た私には何も見えなかった、可笑しなことも有るものだなと思っていると、母ちゃんの下から小さな虫が1匹2匹と飛び上がってきた、虫と見えたのは地面の下に巣を作るハチだった。

ことも有ろうに巣を踏んずけてそのまま立っていたから、刺されたのは当然の成り行きだった、3人とも逃げ場はなかった、無数に舞い上がったハチに散々刺されてしまった、その時に頭に浮かんだのが「小便が効く」と子供のころに誰かに聞いた話だった。

 

 

すぐに左手で小便をして右の手に受けて娘の顔に付けた、母ちゃんに付けようとして手が止まった、なんだか悪いことをしているような勿体ないような気がして付けることが出来なかった、ハチ刺されには自信がったから自分には付けなかった。

来た藪を逆にたどって逃げる途中で母ちゃんが「息つかれねー」と言って倒れてしまった、ハチの毒が全身に回ったせいだ、小便が効いたのか娘は私の背中で元気だった、母ちゃんの上半身を起こして娘を後ろに立たせ二人を一緒に負ぶった。

二人で80㎏はある。学生時代に重量挙げで鍛えた体が役に立った、よろよろと藪をこぎ沢を超えて車に戻ってきた、母ちゃんは全身の力が抜けてまるでコンニャクのようになっていた、ここで死なせちゃ実家のご両親に申し訳ない、大急ぎで家に帰って布団に寝せた。

 

 

そっと見るとさっきより目つきに力が戻っているし、息つきも悪くはない、どうやら大丈夫だと思ったら、逃げて来る途中で放り出した釣り具を思い出した、趣味とはいえ釣りというものも罪だなと思ったがしかしブレーキにはならなかった。

尻に帆かけて家を飛び出してさっきの沢に戻ってきた、イワナはいっぱい居た、釣り放題だった、しかし帰った後母ちゃんと必ず起こる一戦が頭から離れず、気持ちのいい釣りにはならなかった。

 

著者プロフィール

村上龍男(むらかみ・たつお)

昭和14年11月26日、東京都原宿生まれ。
2歳より父の実家のある鶴岡市に戻り、現在に至る。
山形大学農学部を卒業し、東京の佐藤商事に入社。
昭和41年から鶴岡市立加茂水族館に勤務し、昭和42年、館長に就任。
著書に「加茂海岸のクラゲ」、「山形の魚類」など。趣味はクラゲの写真撮影と釣り。

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