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Vol.2 「琵琶湖の主」を追いかけて 

2019.10.28

 琵琶湖博物館水族展示でもその水槽は中心に鎮座するVIP級の扱いであり、「琵琶湖の主」といわれるビワコオオナマズ。

琵琶湖博物館のビワコオオナマズ。普段は穴の中に隠れています。

大きい個体は全長120cmほどにもなる、日本最大級の淡水魚です。滋賀県内には県のマスコットキャラクターである「キャッフィー」をはじめ、いろいろなところでビワコオオナマズのキャラクターが誕生していることからも、県内での認知度は抜群といってよいでしょう。

滋賀県にはビワコオオナマズのキャラクターが多い。左から滋賀県のマスコットキャラクター「チャッフィー」と「キャッフィー」、Bリーグ滋賀レイクスターズのマスコット「マグニー」、びわこボートレーズ場のマスコットキャラクター「ビナちゃん」。他にもたくさんいる。

残念ながらひこにゃんほどの全国的な地位は築けていませんが・・・。

 普段、博物館の水槽の中ではじっとしており、なかなか動くことのないビワコオオナマズですが、実は閉館後、水槽の照明が落ちると動き始めます(その様子が見たい人はこちらの動画 https://www.webaminchu.jp/news/1578/ をご覧ください)。何度か暗闇の中でその様子を観察したことがありますが、特に魚を追いかけて食べようとするときは大きな口を開けて、水ごと吸い込むように食べていました。信じられないかもしれませんが、その吸い込む音が外まで少しだけ聞こえてきたのです。もし琵琶湖の水中でこんな場面に出会ったら恐怖以外の何物でもありません。

 そんなビワコオオナマズですが、江戸時代後期にはその存在が知られており、1806年に書かれた書物「湖魚考(小林義兄・戸田次郎右衛門:著)」にはビワコオオナマズと思われる記述があります。『湖北竹生嶋の辺の深ミにハ殊に大なまつ多し・・・』、『・・・坂田郡長濱の市に南濱の辺りにて取得しをもてこしを見るに其重さ十七貫餘り長さ九尺余其外四五尺の物は八九本あり・・・』、なんと、大きい物がおおよそ十七貫(約63.75kg)、九尺(約2m70cm)と書いてあるのです。ヨーロッパオオナマズならともかく、さすがに現在ではそんな大きなビワコオオナマズは見たことがありません。これが事実なのかどうなのかはわかりませんが、琵琶湖博物館では過去の企画展示でその大きさを再現した模型までつくってしまいました。

「湖魚考」に出てきた九尺のビワコオオナマズを再現した模型。本当に大きくて、なかなか展示する機会もない。2019年夏、久しぶりに展示された。

大きすぎて滅多に登場する機会はありませんが・・・。

 そして、この種が新種として名前がつけられたのは1961年のこと。当時、京都大学大学院におられた友田淑朗博士によってイワトコナマズと共に新種記載され、Silurus biwaensisと琵琶湖を冠する学名がつけられました。

 ところで、ビワコオオナマズは美味しいの?とよく聞かれます。ところが漁師さんをはじめ、多くの方の意見は「あまり美味しくない」です。私も数回食べたことがありますが、美味といわれるイワトコナマズのような風味まではなく、ちょっと大味でした。そこまで不味いという訳ではありませんが、他の琵琶湖固有種の魚の味に比べるとやはり、劣るものがあるでしょうか・・・。

 さて、そんなビワコオオナマズは野外で、どんな暮らしをしているのでしょうか?もちろんその全貌が分かっている訳ではなく、ほんの一部が解明されているだけなのですが、これまでのさまざまな研究により産卵のようすや大きさと年齢の関係、回遊の履歴などが少しずつわかっています。

 私自身は、漁師さんの網にかかった個体や産卵の際に野外で見かけたことがあります。これまで数回、ビワコオオナマズが産卵をしている現場を観察したことがありますが、一番すごかったのは2006年の夏です。このとき、足元には50個体くらいのビワコオオナマズが集まっていました。さらに次から次へと岸にやってきて、岸からちょっと触ることもできるくらい。それだけビワコオオナマズは産卵に夢中になっていたのです

産卵場所に集まってきたビワコオオナマズ。この日は50個体以上のビワコオオナマズが集まっていた。

 ビワコオオナマズはメスの方がオスより一回り大きく、産卵のときには、オスがメスの後ろを追いかけ、その後ぐるっとメスの体に巻き付きます。30秒ほどこの体勢でじっとしており、離れた瞬間に産卵と放精が行われ、その後、ペアは回りながら卵を周囲にまき散らしていきます。

ビワコオオナマズの産卵行動。オスがメスに巻き付き、離れた際に卵を放出する。

ダイナミックなビワコオオナマズの産卵行動は感動そのものでした。

 大きさが1mを超えるビワコオオナマズですが、その大きさの割には小さな卵を産みます。卵の大きさは3mm程度。

ビワコオオナマズの卵。卵黄は薄い黄色をしている。

そして非常に孵化までの時間が速く、産卵後、約50時間ほどで孵化するのです。何度か、この卵を少しだけ持ち帰り、孵化させて稚魚を飼育したことがあります。生まれた直後の仔魚は眼もなく、大きさは6mm程度。

生まれたばかりのビワコオオナマズの仔魚。大きさは6mmほどで、まだ眼はない。

その後3日ほどで、立派なナマズの顔になります。そしてその頃から共食いも始まります。

ビワコオオナマズの稚魚(生後5日目)。すっかりナマズの姿になっている。この段階でのヒゲは6本。

稚魚のヒゲの数は6本。そして7~10cmくらいになると、外側にあるヒゲがなくなり4本になります。その後は餌をあげればあげるほど大きくなり、その年の冬には20cmほどまで成長するのです。

 そして卵の孵化から稚魚を飼育していて、いつも疑問に思うことがあります。こんな小さな魚がどうやって、捕食者がたくさんいる琵琶湖の湖岸で生き延びているんだろう・・・?過去にも少しだけ稚魚が採れた記録があるようですが、10cm以下のビワコオオナマズというのは、野外でほとんど見つかったことがありません。過去の研究でも、そのあたりはまだ明らかになっていないのです。 話は再びフィールドへ。私は一度だけ、雨上がりの夜に琵琶湖の湖岸沿いで石をひっくり返した時に、10cmほどのナマズが動いて出てきたのを見つけたことがあります。「ついにビワコオオナマズの当歳魚を見つけた!」とテンションが上がったのもつかの間、その日は網を持っておらず、手に持っているのはカメラのみ。

野外で見つけたビワコオオナマズの未成魚!!・・・と思ったら、ナマズの未成魚だった。

必死になって、逃げていくナマズを手で追い込んでつかまえました。しかし、よく見ると、これはビワコオオナマズではなく、普通のナマズだったのです・・・。飼育をしていて、少しずつ見えてくるものもあるのですが、幻と消えたビワコオオナマズ稚魚の住みか探しはまだまだ続きそうです。

 近年、このような産卵場所が湖岸の開発や水位操作で失われ、さらに捕食者となる生物の増加や過度な採集圧から、ビワコオオナマズは減少傾向にあるとも言われています。現存の個体数は残念ながら把握できませんが、少しずつ減っていることは確かです。ここ数十年の激変している琵琶湖の環境と私達を、琵琶湖の主はいま、どんな眼差しで見ているのでしょうか。

<参考文献> 友田淑朗(1978)琵琶湖とナマズ.326pp.汐文社. 川那部浩哉・前畑政善・宮本真二(2008)鯰―イメージとその素顔.260pp.八坂書房. 前畑政善(2019)ビワコオオナマズの秘密を探る.128pp.サンライズ出版.

著者プロフィール

金尾滋史(かなお・しげふみ)
滋賀県立琵琶湖博物館 主任学芸員

1980年、広島県生まれ。滋賀県立大学環境科学部、同大学院環境科学研究科、多賀町立博物館学芸員を経て、2011年より現職。博士(環境科学)。専門は水族繁殖学、魚類保全生態学で、主な研究テーマは水田地帯を利用する魚類の生態と保全、地域とともに歩む希少淡水魚の保全、自然史情報集約の場としての博物館の機能など。趣味は写真、鉄道の旅、紅茶など。特技は書道。トレードマークはペンダント。現在、琵琶湖博物館の広報担当でもある。

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