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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.2 50年のあのこと、このことを思い出して

2017.4.26

マルミミゾウのナナと坂東園長。平成9年撮影 (写真提供:旭川市旭山動物園)

 (この原稿を書いている)今は3月の下旬、寒暖差はありますが、日中晴れが続いているので雪解けが急速に進んでいます。
 春の訪れはかなり早い予感がしています。開園50周年を迎え、夏期開園からの準備に時間を取られています。メディアを始めたくさんの方に関心を持っていただいていて、全国放送の特番の企画も何本か具体化しそうです。こんなことそうそうあることではありません。
 今は、夏期開園完成を目指して動物園図録と開園50周年記念誌の編集、校正に追われています。

 改めて消えようとしていた名もなき地方の動物園が、良くも悪くも日本を代表する動物園になり、道外から100万人の来園者を迎えるようになったこと、その中にはおそらく日本を訪れる外国人の百人に一人がピンポイントで旭山動物園を訪れていること、日々の連続として見ると気づきにくいことですが、30年前の今日と今年の今日とを比べるとこれが本当に同じ動物園なのかとふと感じてしまいます。

 アジアゾウ、マルミミゾウ、ローランドゴリラ、ウォンバット…今よりもずっと多くの種類の動物がいて「つまらない、金食い虫」と言われ廃園の危機を迎えていたあの時代…。
 えさ代を工面するのが苦しくて、昔市内にあった日糧パンの工場にパンの耳などの「ロスパン」を頂いていたあの時代、1万円の修繕費がなくて、職員の工夫で乗り切っていたあの時代、当時1羽づつ板の上に乗っていた野鳥の剥製をもっと臨場感のあるものにしたいと思い、園内の枝振りのいい木を切り、板の上の剥製を外して木の枝に止め、我ながら素晴らしい!と思っていたら園長室に呼ばれ、お前は何てことをしたんだ!開園当初わざわざ移植した園内に2本しかない貴重な木の内の一本をお前は切り倒したんだ!と大目玉を食らったあの時代、エキノコックス症の発生で風評被害が凄まじく、翌年のバーサースキー大会では旭山動物園4月29日開園ののぼりを持ち10キロを走り、春には市内の幼稚園や旭川駅前で動物の着ぐるみを着て、「旭山動物園は今年も開園します!」とチラシを配ったあの時代、アジアゾウのアサコが倒れ、市内の小学校に破けたりして使えない体操マットがあったらくださいと片っ端から連絡をして、トラックで走り回ったあの時代、今思うとすべてのことが今につながっているのだと気づきます。

 今年は、動物園のあるべき姿を目指しさらに一段高みに登りたいと決意しています。
 夢は逃げ水、常に追いつけないのは分かっています。
 でも、今は未来のために。未来の今日振り返って後悔しないために今を積み重ねていきたいと思います。

著者プロフィール

坂東 元 (ばんどう・げん)

1964年2月25日、旭川生まれ。
旭山動物園第9代園長。
84年酪農学園大学獣医学部獣医学科卒業後、86年に獣医として旭山動物園に入園。
飼育展示係長を経て、2004年副園長となり、2009年から現職。

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