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みんながチャンピオン

2012.8.15

同年代の友人の話です。「最近、筋肉痛の原因が分からないことがある」とのこと。「物忘れがひどいのか?」と心配してあげると「馬鹿をいうんじゃない。代謝が遅くなって、2,3日後に痛くなるんだ。若い頃は翌日には痛くなり、さらに翌日には治っていたのに。」とのこと。それなら僕は大丈夫。運動をしている最中に激しい筋肉痛に襲われます。そう言ったら「それは老化だ。」ですって。

歳を重ねると、体の調子がかわります。でも、人生観も大きく移り変わるように思います。子どもの頃、自分がおじいさんになるなんて想像もつかなかったけれど、今はなんとなく分かるような気がします。

南極は生命があふれる地域であるというお話はしましたね。でも、「生」がある以上は「死」がそこかしこに落ちている場所と言うことでもあります。写真はペンギンの集団営巣地の片隅の様子です。ドキッとさせられる光景ですが、ヒナの7,8割が成鳥になれずに死んでしまうという自然の厳しさを感じさせられます。ただ、この死骸達は何十年も前からの蓄積だと考えられます。南極は非常に乾燥していますから、死後すぐにミイラのようになって、折り重なっているのです。

海から離れ谷間を歩いていても死骸に出くわすことが少なくありません。こんな荒れ野で何年、風雪にさらされていたんだろう。ひからびてすっかり軽くなった羽を取り上げて考えてしまいました。

その時、谷の下流へ目をやりビックリしました。そこにはコケがわき上がるように生えているのです。南極の陸地は養分が乏しいです。だから、鳥の死骸から養分を溶かし込んで流れ出る雪解け水を、コケたちは争うように吸収し生長しているのですね。命のバトンが受け継がれる場面に僕は立ち会っていたのです。

さて、そのコケですが青々と茂っているっていう感じじゃないですね。黒くて枯れているようです。これは藻類という別の生物にコケの体が乗っ取られて枯れてしまっているのです。藻類にとっては住み心地がいいし、養分を横取りできますからね。コケが育つ端からどんどん藻類にやられます。コケVS藻類は藻類の勝ち?でもさらにうわ手がいるのです。黒く死んだコケに白い物がくっついていますね。これ、地衣類(第2回参照)という生物です。藻類からもコケからもまとめて養分を吸収しちゃえというわけ。南極の生物はわずかな養分を必死で取り合っているのです。

それにしてもコケ。なさけないなぁ。藻類に乗っ取られるのを防ぐような体のしくみはないのでしょうか。でも同行してもらった生物学者さんの答えに、僕はガツンと衝撃を受けました。「このコケはこの地で数千年、生き続けているんです。それだけで環境への適応の成功者だという証拠です。」

僕たち人間は、病原菌に抵抗力をもち、また自然治癒力をもつことにより長く生きることができます。生物にはそれが当然のことだって思っていました。でも、コケはそんな生き方を選んでいないのです。ワッと生長し子孫を残してしまえば、その部分は死んでもかまわない。自分の修復に使うエネルギーがあるなら、新しい芽を伸ばすことに使う。

生きることとは次の代へと命をつなぐこと。

命って何だろう。人生って何だろう。僕はその夜、テントの中で考えて寝ることができませんでした。結局、今でもその答えはよく分からないんですけどね。

でも、一つはっきりしたことがあります。僕の記事を読んでくれている人はどんな人たちか分からないのですが、特に年若い人で辛いことや嫌な事があって、自分なんかいなくていいのかもって悩んでいる人がいたら注目して欲しいな。

君が今、そこにいる。ただその事実だけで、君には成功者としての意味、価値があるんです。生命が地球に誕生して40億年弱、生命はありとあらゆる試練を、これまたありとあらゆる工夫で乗り越えてきた。その40億年分の集大成として、今君はそこにいるのです。

南極のコケがそのことを僕に教えてくれました。この広大な大地で生きるコケの一所懸命な姿が、生きるすべてのものへの応援に見えました。ちっちゃいけどね。

でも、やっぱり歳を重ねて体力が落ちるのは悲しくもありますって言ったら、生徒が励ましてくれました。「大丈夫、先生は中身が子ども!」励まし方が間違ってると思う。

著者プロフィール

酒井誠至(さかい・せいじ)

東京生まれ
趣味 乗馬
 住宅事情によりペットが飼えなかった反動で、野山の生き物好きになりました。専門的な知識はないけれども、星空を眺めたり野山を散歩したりと自然を感じられる生活を送りたいと思っています。
 北の大地に憧れ北海道立高校の理科教員となり、現在は北海道登別明日(あけび)中等教育学校に勤務しています。
 第52次日本南極地域観測隊夏隊(2010年11月出発)に同行し、見てきたことをこのHPでお伝えしたいと思っています。 

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