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シーラカンスの窓

2013.12.16

「窓」が開いたシーラカンスの標本

アクアマリンが戦略的な調査研究活動として取り組んでいる.。.最近の進捗状況について再びメッセージ欄に登場させる。
08年の10月、コモロ回教共和国から私にとって待望の、実に20年それを待ち望んでいたアフリカシーラカンスの標本が到着したのだ。

東アフリカとマダガスカルの間のモザンビーク海峡に点在する活火山島だ。アフリカシーラカンスのメッカ、コモロ諸島はグランドコモロ島、アンジョアン島、モヘリ島、マイヨット島などからなる。マイヨット島はいまだに仏領だが、そのほかはコモロ回教共和国として70年代に独立した。首都のあるグランドコモロ島、モロニ空港に降り立ったのは1988年のことだった。東京都の葛西臨海水族園計画担当として世界の七つの海に収集拠点をつくる役割だった。

コモロ島空撮

マダガスカルの日本大使館が便宜供与を依頼してくれたので、空港には3軍を率い燃料大臣でもあったモハムード・ムラダビさんが出迎えてくれた。190cmの眼光鋭い偉丈夫だった。彼は、さっそく軍のヘリコプターを手配してくれ、空からシーラカンスの故郷、コモロ諸島を鳥瞰する機会をつくってくれた。島々の砂浜に降り立ち、漁船に乗り換えて潜水調査をした。この海の深海にシーラカンスが息づいていると思うと、心が躍ったものだ。親日家のアブダラ大統領は警備兵に囲まれて群衆をかきわけて現れ、協力を約してくれた。国際協力事業団がアンジョアン島に水産研修所を建設し、専門家を派遣していた。センターに水槽を託して魚類収集を依頼した。
しかし、帰国後間もなく政変があり、アブダラ大統領は暗殺されてしまった。シーラカンスの夢が消えかかった。


2000年、アクアマリンふくしまに赴任してムラダビ氏が健在であることを知った。さっそくコモロ島に飛んだ。彼は、シーラカンスが採れたらその標本を確保してくれることを約束してくれた。私は2002年の第一回シーラカンス国際シンポジウムに彼を来賓としてご招待した。しかし、おりしも大統領選挙とアンジョアン島の独立紛争の再燃に巻き込まれ来日できなかった。昨年、2007年3月にムラダビさんから「シーラカンスが獲れたよ」のファックスが入った。同年10月にタンザニア、タンガでのROV(水中カメラロボット)調査の後に、コモロに立ち寄った。ムラダビさんは御子息と水産会社や土木会社の経営者となっていた。 冷凍庫には綺麗な冷凍シーラカンスが鎮座していた。

シーラカンスは絶滅の怖れのある希少動植物の商取引に関する国際条約、ワシントン条の第一表にランクされ、研究目的以外に移動のできない動物である。
南アフリカのシーラカンス生態系保全プログラムを主宰するリビンク博士が同行してくれ、この標本の輸入についてコモロ国立博物館と関係者の間で基本合意にこぎつけた。基本合意をさらに詰めるためにプロジェクトチームのメンバーがドバイ経由で数回コモロを訪問しなければならなかった。
やっとコモロ国立博物館から長期借用という条件で許可が下り、真白に凍ったコモロシーラカンスがやってきた。いうまでもなく、わが方の経済産業省や環境省へもワシントン条約の許可を得るため再三説明にでかけた。
今日まで漁獲された多くのシーラカンスが、熱帯の太陽にさらされて内臓が腐ったまま冷蔵される場合が多かったに違いない。タンザニアの水産研究所のフリーザーに眠る標本を見たが、どれも干物同様だった。しかし、この標本は鮮魚の状態だった。

こうして2008年11月9日、やっと公開解剖の日がやってきた。
元日本魚類学会会長、国立科学博物館名誉館員、上野輝弥先生、北九州自然史博物館学芸員薮本美孝先生はじめ、シーラカンスの謎に迫るアクアマリンふくしまのプロジェクトの外部委員がそろった。
本格的な解剖の前に、新鮮なサンプルのほうが望ましい研究分野の希望に応じて筋肉片を取り分ける作業をした。半解凍の標本を前に筆者がグリーンアプロジェクトのメンバーに感謝しつつ開腹のナイフを入れた。鱗に番号を振りつつ慎重に剥離した。あわいピンクの肉が現れた。シーラカンスは新鮮な鮮魚そのものだった。
ムラダビさんに初めて依頼してから、20年が経っていた。手術用のゴム手袋についた肉片は、鮮魚独特の良い香りをただよわせた。スズキやハタのような魚食魚類独特の香りだった。
第一級の保護動物であるから食べるのは御法度だが、味わうことも研究の内であるという私の恩師の黒沼勝造教授の教えを想い出した。この標本は、不安定な内臓を固定するために一旦フォルマリンで固定された。2009年月初めに、再び研究者を招集し、片面の腹部に窓をあけて、内臓が見える標本に仕立てた。

ミュージアムショップ

開館以来取り組んできたシーラカンスの調査の成果は年々蓄積されている。私たちは、シーラカンスの原産地国である東アフリカ諸国とインドネシアのそれぞれと密接な関係を保ちつつ、さらに調査を展開していく。原産地国での子ども達への環境教育にも貢献していく。
アクアマリンふくしまのシーラカンス学術調査グリーンアイプロジェクトも海外研究機関の認めるところとなった。3階ガレリアのブースで紹介してきたが、この標本を含めて情報量が増えた。
そこで、一階に特別室を設け、「シーラカンスの世界」の看板をつけて3月1日から展示を開始した。標本の片側に明けた「窓」から、脊柱、特殊な浮き袋、精巣、腸管などがのぞける。
シーラカンスグッズの専門店、ミュージアムショップ「ゴンベッサ」も人気を博している。
私たちは今年も、アフリカへインドネシアへと、水の惑星の世界遺産でもあるシーラカンスの生態を探る。

※ この文章は2009年5月9日に安部館長が書かれたもので、テキストならびに館の外観などは当時のまま掲載しています

著者プロフィール

安部義孝(あべ・よしたか)

1940年東京都生まれ
東京水産大学増殖学科魚類学教室卒業後、東京都恩賜上野動物園水族館勤務
1968-69年、クウェート科学研究所所員となる
帰国後、東京都多摩動物園昆虫園勤務を経て、東京都葛西臨海水族園長、東京都恩賜上野動物園長を歴任
2000年より(財)ふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま館長
主な著書に「クウェートの魚」など

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