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アクアマリンふくしまと盆栽展

2011.12.6

アクアマリンふくしまでは、春たけなわのゴールデンウイークに、小名浜盆栽研究会のご協力で、春の山野草と、盆栽展を開催中です。

アクアマリンでは、人と海の交流の歴史でもある海洋文化展示に力を入れています。大陸の文化は、中国・朝鮮半島経由、あるいは、琉球王国経由でわが国に伝搬しました。盆栽も例外ではないようです。特に、黒潮流域の文化の伝達者として、遠い昔の「海人」の果たした役割が大きかったものと考えられます。この意味も込めて、アクアマリンではでは、いわきの黒松を中心に、海に携わる方々の作品を、「海の男の盆栽展」と銘打って、山野草や盆栽展を開催してきました。黒潮の源にあたる沖縄の盆栽を対比して展示することもしてみました。「ところかわれば、しなかわる」ではありませんが、沖縄と本土では、樹種が違っても盆栽の心は共通でした。

さて、今日、盆栽はBONSAIで通用するほど、世界の人々に親しまれていますが、ルーツはどのあたりにあるのでしょうか。鉢植え楽しむ習慣を盆栽の起源とすれば、そもそも陶磁器の植木鉢がつくられた中国の周代(紀元前1200年から前221年)にさかのぼることもできます。中国では、景観の縮写を意味する箱庭、些子景、取盆など広い分野を「盆景」と呼んでいました。

わが国では、鎌倉時代(1193-1335)の絵巻物「法然上人絵伝」、「徒然草」などに「盆栽」があらわれました。室町時代(1336-1573)初期のさるがく申楽、「鉢の木」は大雪の晩、諸国行脚の旅人(北条時頼)をもてなすために大切な梅・松・桜の鉢の木を焚く、という有名な演題です。日本の盆栽は、日本庭園同様に、わが国で洗練され「わび、さび」の芸術性を真髄とするようになりました。特に、江戸(1603-1867)・明治時代(1868-1911)に愛好者が増え、今日の基礎が築かれました。盆栽は、長い年月をかけて理想の自然を目指してつくられた芸術作品と言うことができます。

アクアマリンの最上階の「福島の川」「熱帯アジアの水辺」は、動物も植物も共存する水際の生態系展示になっていますが、日本庭園や盆栽と共通の考え方でつくられています。どうぞ、アクアマリンの盆栽展と常設の生態系展示をお楽しみ下さい。

※ この文章は2005年5月5日に安部館長が書かれたもので、テキストならびに館の外観などは当時のまま掲載しています

著者プロフィール

安部義孝(あべ・よしたか)

1940年東京都生まれ
東京水産大学増殖学科魚類学教室卒業後、東京都恩賜上野動物園水族館勤務
1968-69年、クウェート科学研究所所員となる
帰国後、東京都多摩動物園昆虫園勤務を経て、東京都葛西臨海水族園長、東京都恩賜上野動物園長を歴任
2000年より(財)ふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま館長
主な著書に「クウェートの魚」など

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