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私の小名浜港ウオーターフロント構想

2011.8.26

わが国は永いこと開発系でやってきた。その結果、記憶にしみこんだ原風景をいとも簡単にスクラップしてきた。
優れた景観を保全し景観を形成することを規定した福島県景観条例は、過去の記憶をよびおこす原風景の保全を大切な柱のひとつにしている。

小名浜港ウオーターフロント再開発計画によって、一、二号埠頭に誕生したいわき市観光物産センター、いわき・ら・ら・ミュー(以下ら・ら・ミュー)とアクアマリンふくしま(以下アクアマリン)を含む親水空間はまだ再開発計画なかばだが、小名浜港の原風景を保全し生かしつつ整備をすすめることを念願している。

ウオーターフロントの再開発によって世界の港湾部には多くの水族館が誕生している。港につきものの倉庫群を活用したレストランやマーケットプレイス、それに一流ホテル、ビジネスセンターまで建設され港湾部を一変させているケースが多い。しかし、小名浜港の計画では、港湾部と市街地が分断されている背景もあり、港に賑わいをもたらす事業のフォローが難しい。
公共の施設としてら・ら・ミューやアクアマリンに期待されているのは地域全体の活性化に資する起爆剤としての役割であるが、今や民間企業にそれを受けて爆発する元気はない。
アクアマリンも当面ハードの追加投資は望めないから、このままいると起爆剤の役割にかげりを生ずることは目に見えている。

私は、アクアマリンの展望室から ちょうかん(鳥瞰)する港の風景が気に入っている。アジア航路の黒い貨物船、大クレーン、遠望する石油備蓄基地、褐色に錆付いたコークス工場、煙を吐きつづける煙突、ブルドーザーをおもちゃのように見せる真っ黒な銅の精錬かすの山、岬の海崖にしがみつく黒松、停泊する大小漁船と広い漁港と岸壁、漁協の空きビル群、連なる倉庫群、どれをとっても存在感があり、観光資源になる。
つまり、常磐炭坑、かつての遠洋漁業の水産いわき、新産業都市、それぞれの時代の人の営みがつくり出した原風景である。

アクアマリンは開館二年目だが約百万人の利用者があった。一般に水族館の集客圏は意外に狭く半径五十㎞そこそこ、交通アクセスは一時間半圏内である。いわき市の人口が三十五万であるから集客圏が大きいことを示している。
アクアマリンの魅力を割り引くつもりはないが、これは小名浜港のもつ魅力、つまり人々の原風景の記憶に依存する。

ニューヨークのマンハッタンのソーホー地区。当初は鋳物でできた荒廃した空きビルの街だったが、今や世界の芸術のメッカになった。住み着いた芸術家の柔軟な頭脳が街をつくりかえた。

小名浜港の魅力とあいまって、アクアマリンふくしまがまだ元気なうちに、当面一、二号埠頭の間にある倉庫群が芸術文化活動に活用できれば、それが新たな起爆剤となって全国から人々を惹きつけるであろう。
外装は港の記憶を呼び覚ます原風景として保存しつつ、コンサートにも、演劇ホールにも、異ジャンル芸術ギャラリー・匠の工房としても、無論レストランとしても活用可能だ。全国の芸術家の力を借りる。

ニューヨークのソーホーとかけて「ソーコー・イン・小名浜」構想を提案する。小名浜港ウオーターフロント構想に皆様のご賛同を期待します。

※ この文章は2002年5月26日に安部館長が書かれたもので、テキストならびに館の外観などは当時のまま掲載しています

著者プロフィール

安部義孝(あべ・よしたか)

1940年東京都生まれ
東京水産大学増殖学科魚類学教室卒業後、東京都恩賜上野動物園水族館勤務
1968-69年、クウェート科学研究所所員となる
帰国後、東京都多摩動物園昆虫園勤務を経て、東京都葛西臨海水族園長、東京都恩賜上野動物園長を歴任
2000年より(財)ふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま館長
主な著書に「クウェートの魚」など

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