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動物園、水族館は「メナジェリー学校」から卒業しなければならない +1

2011.12.15

動物園、水族館は「メナジェリー学校」から卒業しなければならない

最近、レッサーパンダがある動物園で立ち上がったという、おかしな「事件」が起こり、メディアを賑やかせた。それから、日本の動物園のレッサーパンダは、我も我もと立ち上がった。動物園側には、野生の動物を擬人化しがちであるところに問題があった。他方、メディア側は、ニュースを発信する前に、科学的なチェックしなかった。レッサーパンダは、機能的に立ち上がることができる動物である。

動物園は、珍奇な動物を収集展示するメナジェリー、見せ物小屋として発祥した。水族館は、動物園の園内施設として発達し、ガラスの窓を通して、やはり珍奇な水生生物を展示してきた。檻もガラス窓も、珍奇な動物を間近に見たいという人々の欲望をみたしてくれた。この「事件」は、この国の動物園や水族館を運営する側も、観衆の側もまだメナジェリーを引きずっていることを象徴しているようである。

国際動物園長連盟、IUDZGはヨーロッパの動物園長の交流の場として、1946年に組織された。やがて、動物愛護運動の高まりの中で、その組織を国際的に強化する必要に迫られ、1993年には世界動物園機構 WZOを副称し、2000年には水族館も看板にとりこんだ世界動物園水族館協会、WAZAと改称した。今日、WAZAは、世界の動物園と水族館の施設会員、地域の協会会員のネットワークを強化しつつある。

WAZAは、その活動規範として「世界動物園保全戦略」を編纂し、独自の動物の福祉に関する規則と倫理要綱を整備した。WAZAのメンバー動物園と水族館は、飼育下動物の環境改善、絶滅危惧種の繁殖、域内保全活動、保全教育の使命を帯びている。これは、動物園、水族館の生き残り戦略でもあった。2004年現在、238の施設と26の地域の協会がこの国際的組織のメンバーである。メンバーは、年々、増加傾向にある。

一方、わが国のWAZAメンバーは、動物園5園と水族館2館、わずか7施設であり、ここのところ数字は変わらない。日本の動物園や水族館は、国際的な野生生物保護活動にも、国際会議への参加にもむしろ消極的である。

わが国は、300年にわたるヨーロッパの「大博物館時代」の歴史を欠いているためであるとみているが、運営側も利用者側も大勢は動物園と水族館は、観光または娯楽の目的で存在する社会資本であると考えているふしがある。そのため、動物園や水族館の上部組織は、時に公園緑地部門だったり、観光や企業局であったりする。教育または文化部門の下で運営される施設は、むしろ少数派である。さらに、園館長は地方自治組織の中でしばしば異動させられるので、国内会議でさえ顔が見えない。また、あて職であったりする。管理運営する側に哲学がないから、大衆にこびる出し物を強調する傾向がある。これでは、環境保全に関する基本的な問題に対処できないし、国際化の流れに対処するどころではない。この分野でも、日本はできるだけ鎖国の安眠を妨げられたくないようである。

世界動物園保全戦略で要請されているように、公共の動物園、水族館では、今こそ本来の姿に変わらなければならない時である。世界の動物園と水族館の利用者数は6億人と推定される。(社)日本動物園水族館協会は、2005年4月現在、動物園92、水族館70.計162の会員で構成される。この施設数は先進諸国中でも著しく多い。年間の利用者数は6千万から7千万人に達する。このような集客力のある社会資本は無いから、単に娯楽施設としての利用にとどまるのは実にもったいない。子供たちが「自然への扉」を開き、そこでの体験を通して学ぶ。動物園と水族館は体験学習の場として充実させなければならない。それに加えて、科学的に適正な情報を送ることができる施設として充実させなければならない。環境に優しい次世代を育てることを目指さなければならない。様々な教育活動を通して、動物園と水族館の新しい社会的地位が利用者によって支持されるであろう。そのためには、とりもなおさず、動物園、水族館はメナジェリーの足かせから脱却しなければならない。

※ この文章は2005年6月26日に安部館長が書かれたもので、テキストならびに館の外観などは当時のまま掲載しています

 


 

 

アクアマリンふくしま、ふくしま海洋科学館では、2001年に、シーラカンスをカリスマ種から引きずりおろし、普通種として生物学的研究の対象とするために、長期計画シーラカンスプロジェクトを立ち上げた。 プロジェクトの一環として、この度、インドネシアの科学技術院とスラウエシ島マナドのサムラトランギ大学の協力を得て、AMFのインドネシのアシーラカンスの調査が実現した。ここでは、インドネシアシーラカンスを東アフリカのシーラカンスと区別して、英名でマナドシーラカンス、東アフリカ種をコモロシーラカンスとよぶことを提唱する。

調査隊は、アクアマリンふくしま側は、シーラカンスプロジェクトチーム、インドネシア側は、インドネシア科学技術院LIPIのカシム・ムーサ博士ほか、現地マナドのサムラトランギ大学水産海洋学部長マセンギ氏ほか、によって構成されている。プロジェクトチームの構成は、高深度潜水チームと、自走式水中かメラROVのオペレーションチームからなる。高深度潜水チームはアクアマリンから2名を加えた米国フロリダ州のDynasty社のフォレストヤングを含む4名の計6名であった。自走式水中かメラROVのオペレーションにはアクアマリンの2名とインドネシアのクルーがあたった。アドバイザーとしてマナドシーラカンスの第1発見者マークアードマン氏、深海魚類学者、望月賢二氏、サンゴ礁の生態学者、岡地賢氏、モントレー湾水族館からチャーレス・ファーウエル氏らが参加した。

調査期間は2005年、4月17日から4月30日の間の2週間であった。調査場所は、スラウエシ島、北スラウエシ州の州都、マナドの沖合に浮かぶマナドツア、ブナケン、シラデン、モンテハゲなどの島嶼海域であった。調査は、マークアードマン博士の最初のシーラカンスの捕獲情報をもとに、マナドツア島の熔岩クラックから始められ、次第に調査地点を拡大して行った。

調査の後半は、夜行性のシーラカンスの習性を考慮し、深夜に及ぶ夜間調査に切り替えた。潜水チームはシーラカンス探索のかたわら、ハンドネットによって生物採集も行った。調査海域の表面水温は28℃であった。水深100mでも20℃と高かった。コモロシーラカンスの生息適水温とされる17,18℃以下の水深は150m以深であった。水深250m、水温14,15℃の海底はROVの潜行能力限界に近く、その深さで潮流が早い時間帯にはROVは操作不能であった。

胎生魚シーラカンスは30㎝ほどの稚魚を出産する胎生魚である。稚魚が未発見であることから、一般のダイバーが潜らない、水深50m以深から100m付近に生息するという推定のもとに、稚魚の生息場所の調査も丹念に行った。

結果的にはマナドシーラカンスは、高深度潜水による目視によっても、ROVによっても姿を捕らえることは出来なかった。高深度潜水及びROV調査によって、周辺海域の海底地形、水温情報、生息生物の膨大な資料が得られた。採集標本は、研究材料としてインドネシア科学技術院の許可の下に持ち帰り、専門家による研究に提供される予定である。今後、これらの資料を解析し、プロジェクトチームは、その結果を次の調査のステップにしていく予定である。

最後に、調査団を代表して、筆者は、この度の調査にあたり、インドネシア科学技術院LIPIの関係者、サムラトランギ大学の皆様にその真摯な協力に感謝致します。また、プロジェクトチームのリーダーとして、昼夜をわかたず操業したROVチームと、フォレストヤング率いる勇敢な高深度潜水チームの活動に対して感謝と敬意を表明します。すべてを誇りに思います。

※ この文章は2005年7月3日に安部館長が書かれたもので、テキストならびに館の外観などは当時のまま掲載しています

著者プロフィール

安部義孝(あべ・よしたか)

1940年東京都生まれ
東京水産大学増殖学科魚類学教室卒業後、東京都恩賜上野動物園水族館勤務
1968-69年、クウェート科学研究所所員となる
帰国後、東京都多摩動物園昆虫園勤務を経て、東京都葛西臨海水族園長、東京都恩賜上野動物園長を歴任
2000年より(財)ふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま海洋科学館・アクアマリンふくしま館長
主な著書に「クウェートの魚」など

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