南太平洋のフランス領ニューカレドニアは、オーストラリア大陸とフィジーの真ん中あたりに位置している。オオコウモリは4種類いて、日本からの直行便が着くグランドテール島にも生息している。われわれはフランス語がまったくわからない、というのが問題だが、観光地だしなんとかなるだろう。こういうとき現地の言葉で「コウモリ」とか「オオコウモリ」とかだけでも調べていくと役に立つことが多い。かなり流暢に英語を喋る人でも母語でないと生活に密着した語彙しかないことが多いので、flying foxとかbatなんて予想外の単語はなかなか通じないのだ。ニューカレドニアでも、結局フランス語のオオコウモリという単語La roussetteと言うと理解してもらえるということが多かった。フランス語には名詞に性があり、オオコウモリは女性名詞だ。

ニューカレドニア位置図
2002年8月13日朝、成田から8時間20分のフライトでラ・トントゥータ国際空港へ着陸した。現地時間は日本より2時間進んでいる。初日は首都ヌーメアの、日本人観光客の来ないような「ワンランク下」のホテルだ。
ホテルに荷物を置いて、まずは町中探検も兼ねて2.5kmほど離れたところにあるミッシェル・コルバッソン動植物森林公園へと歩いて向かう。町中にいるのは、世界中どこにもいるイエスズメPasser domesticusとカノコバトStreptopelia chinensis、真っ赤なくちばしと過眼線をして庭に群れているのはオナガカエデチョウEstrilda astrild、賑やかに庭の木々で鳴いているのはカレドニアミツスイMyzomela caledonicaだ。市街地を出て小高い丘陵地帯へと入ると、道は埃っぽく単調だ。シロハラアナツバメCollocalia esculentaが道路を低く飛び交う。上昇気流に乗ってモリツバメArtamus leucorynchusが何羽も飛んでいる。道路脇のギンネムにはハイムネメジロZosterops lateralisが群でやってくる。
森林公園の半分は動物園、半分は植物園だ。動物園の方に向かうと、ニューカレドニアのシンボル、飛べない鳥カグーRhynochetos jubatusが何羽か飼育されている。カレドニアガラスCorvus moneduloidesも一羽いる。
大きな檻に、日本語でトンガオオコウモリと書いてあってオオコウモリが10頭いた。檻は二つの部分に分かれているが、どちらも「トンガオオコウモリ」と日本語で書いてある。オオコウモリの餌のカットフルーツを食べにカレドニアメジロZosterops xanthochroaが盛んに檻に出入りしている。このメジロはグランドテール島とその周辺だけにいる固有種だ。別の檻に真っ黒で小型のニューカレドニアオオコウモリPteropus vetulusも3頭いた。

トンガオオコウモリ

ニューカレドニアオオコウモリ
入り口に戻って受付にいたスタッフと話をする。幸いに英語が通じる。ここ、グランドテール島にもオオコウモリはいるけど探すのが難しいこと、ウベア島やリフー島(どちらも近くの小さな島)の方がいっぱいいるらしい。この動物園にはオオコウモリが3種いるというので「3種?2種しか見なかったけど。」と聞き返したが、3種だと繰り返して言うので、もう一度オオコウモリの檻に引き返し、トンガオオコウモリと日本語で書いてある檻二つの英語と学名を見ると、片方はOrnate flying fox Pteropus ornatusとなっていて、正しい和名はハレギオオコウモリという別種であった。なまじ日本語の表示があったので騙されてしまった。両者はよく似ていて、結局檻にいるのはハレギオオコウモリが8頭とトンガオオコウモリPteropus tonganusが2頭だった。
翌日、レンタカーを借りて出発。郊外のモンコギに向かう。このあたりは島中部の山岳地帯の入り口で、斜面には雨林がよく残っていて、オオコウモリも生息しているはずだし鳥影も濃い。カグーも生息しているはずだ。チーズフォンデューなどのサヴォア料理で有名な「オーベルジュ」というレストランが貸し山小屋も経営している。その小屋の一つになんとLa roussetteつまりオオコウモリという名前を持つものがある。地上15mの大きなフップMontrouziera caulifloraというニューカレドニア固有の木の幹の上にあるツリーハウスだ。インターネットで見つけてどうしても泊まってみたくて、国際電話をかけて予約した。このとき電話で話した相手は、英語の語彙が極端に少なくて、意志を疎通させるのに電話口で苦労した。
しかしLa roussetteは明日しか空いてないので、今日は別のLe notouという山の斜面の小屋を借りている。とりあえず手ぶらで様子を見に行ったが、レストランの駐車場からたっぷり20分、最後はけっこうきつい斜面を登ったところにある。窓が大きく、ミツスイやハイイロオウギビタキRhipidura albiscapaが目の前までやってくる素敵な山小屋だ。Le notouというのはオオミカドバトDucula goliathという体長50cmくらいある大型の固有種のハトで、あちこちで鳴き声がする。バードウォッチングには最高の宿だ。後で、あらためて寝袋も含めて全荷物と食料と飲み水を持ってもう一度山道を歩く。海外旅行に寝袋持参で行ったのはこの時が初めてだ。

オオミカドバト。尾が短いので、幼鳥だろう。
昼食は「オーベルジュ」でチーズフォンデューを注文する。最初にオリーブの皿が出てくる。そして鍋に大量のチーズを溶かしたもの、一口大に切ったフランスパン、ハムの盛り合わせが一皿。これだけである。おいしいけどチーズがよほど好きでないと飽きてしまう。このレストランにはもう一つ、巨大なチーズの固まりをテーブルでぽたりぽたりと溶かしながら野菜につけて食べるラクレットという名物料理があるのだが、あいにく今日はできないとのこと。結局ラクレットは賞味する機会がないままに終わった。窓からはヌーメアの街と山の斜面が見え、夜には暖炉に火が入ってロマンティックだ。ヌーメアから20kmほどあるのだが、いつも大勢のお客が入っている。

チーズフォンデュー
夕方17時、再びオーベルジュの前まで降りる。曇っていて空がかなり暗い。山の上の方では霧が出ている。オーベルジュのレジにはオオコウモリのイラストが描いてあって、オオコウモリが飛ぶのが見えることがあると聞いたのだが、どうやら無理そうだ。18時頃には真っ暗になり、突然ブタが5頭現れた。野良豚だろうか。18時20分頃から小雨も降ってきたので小屋に戻る。
小屋には料理用のガスレンジがあり、使わなかったが薪ストーブもある。ここで調理したら楽しそうだ。フライパンと食器の用意もあるので、サラミとトマトを暖め、クロワッサンとクリームチーズで夕食だ。夕食後は早々に寝ることにする。二段ベッドで上段は1人用、下段は2人用。定員は3人のようだ。

夕食。明かりはろうそくなのだが、お店にはバースデーケーキ用しかなく、10分ほどで燃え尽きてしまうので、せわしない
翌8月15日、目が覚めると雨だった。9時半頃にはいったんあがったが、その後も雨は小降りになったり激しくなったりの繰り返しで、昨日とは違って、窓の外も小鳥が全然来ない。小屋の名前になっているオオミカドバトの声がするばかりだ。気温は17℃、真夏の日本に体が慣れているので、寝袋にもぐり込みたくなる。
お昼過ぎに荷物をまとめて鍵を返しに行く。祭日なので、今日もオーベルジュは満員だ。

歩道の様子
チェックアウトは13時で、今夜のツリーハウス La roussette に入れるのは16時なので、その間、買い出しに行く。祭日のせいか閉まっているお店が多い。英語のまったく通じない雑貨屋さんで今夜の食料や水を仕入れて、お昼ご飯も買う。インディカ米を炊いたものに鶏の煮込みをかけて、パックに入って売られている。セイシェルでも似たようなものをよく見かけたが、伝統的には米を食べていなかった人たちが米料理を考えるとこうなるのだろう。ただセイシェルもそうだがここニューカレドニアでも「田んぼ」は見かけない。ということは米食になると主食を輸入した米に依存することになってしまう。

店で買ったお昼ご飯。鶏の煮込みかけご飯(右)と揚げ春巻き(左上)、キッシュ(左下)
La roussette はオーベルジュからたっぷり30分かかった。林道に小屋の入り口を示す看板があり、そこから先は急な山道を登らなければならないが、それだけの価値はある。山の斜面に突如姿をあらわしたツリーハウスは、直径2m以上はあろうかというフップの大木を切った上にある。枝の一本は、部屋の中を柱のように通っている。小さい頃カエデの二股とか、滑り台の頂上部に自分だけのスペースを作って、トムソーヤにでもなったような空想にふけったことはないだろうか。地上15mにある小屋は、そんな夢を実現させてくれる。

ツリーハウスLa roussette
立派な階段が螺旋状に幹を回って昇っている。小屋は全体で6畳間ほど、歩き回ると揺れるが、食卓や二段ベッド、トイレやミニ台所など設備は揃っている。窓が広くて外には木性シダや常緑樹の木々の鬱蒼とした樹冠が見える。以前は太陽光発電で電気もあったらしいが、現在は壊れていて、ろうそくが置いてあった。すばらしくロマンティックなのだが、相変わらず大雨はやまない。

ツリーハウスの台所。左に見えるのが、貫通しているフップの大木の枝
よくよく天気には見放されたようで翌朝も雨、気温は12.8℃とさらに寒く寝袋から出たくない。オオミカドバトだけがあいかわらずよく鳴く。時々晴れ間もあるのだが、すぐにまた大雨となる。11時半頃ほとんど雨が上がったので出発することにした。オオコウモリ生息地のツリーハウスというのは夢のような宿で、夕暮れ時にオオコウモリが窓にとまっていたりしたら楽しいだろうなと思ったが、雨のせいか 結局ほんもののLa roussette には会えなかった。

ツリーハウスの中と窓から見た外の様子
チェックアウトの手続きをしたのが12時頃。ラクレットを楽しむお客さんを横目で見て、南へ向かった。