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Vol.12『ニホンライチョウの保全にむけて③:研究材料の採集』

2013.9.7

岩の上で見張りをする雄のニホンライチョウ(乗鞍岳、2013年6月23日)

Vol.10とVol.11の2回に分けて、乗鞍岳での「ライチョウ生息状況調査等現地講習会」(2013年6月22日・23日)の研修の様子をご紹介してきました。私と学生がこの研修に同行させていただいたのは、野生ニホンライチョウの「糞」を使った生理学の調査を行うことになったためです。

ライチョウの生態研究の専門家である信州大学の中村先生、東邦大学の小林さんと、この春から、野生ニホンライチョウの繁殖生理の共同研究を始めることになり、その現場の実際を教えていただけるとのことで、行ってきました。

生理学の研究手法として今回使ったのは、これまでのコラム(キリンやアラビアオリックスなど)と同様、糞中のホルモン値の分析です。

岩の上で見張りをする雄のニホンライチョウを観察する研修参加者たち(乗鞍岳、2013年6月23日)
(※写真に写っている場所は、本来は入ってはいけない場所です。写っている人は、環境省の許可を受けた関係者です。)

今回は、実際にニホンライチョウが糞を排泄するところを観察して採取し、その糞の状態を観察することも研修項目の1つでした。排泄したかどうかは、体の動きを見ていれば分かるということで、私たちは遠くからこの見張り中の雄の様子を観察していました。この距離で見られていても動じないニホンライチョウですが、こんなものではありませんでした。

ニホンライチョウは人を恐れない。ここまで近づいても大勢いても逃げない。(乗鞍岳、2013年6月23日)
(※写真に写っている場所は、本来は入ってはいけない場所です。写っている人は、環境省の許可を受けた関係者です。)

数メートルの距離でも動じません。驚きでした。すぐ近くで観察して、排泄を待っていたところ、見ているところで排泄してくれました。しかし、これからが大変でした。採取するために、飛び去るのを待っていましたが、まったく動く気配がなく埒があきません。最終的には、どんどん距離を縮め、飛んでいってもらうことになりました。1メートルという距離でも飛び立たないくらいでした。(※この個体は特に逃げない個体だ、と仰っていました。)

左:ニホンライチョウの排便の瞬間、右上:岩場の隙間に落ちていたニホンライチョウの糞、右下:ニホンライチョウの抱卵糞(乗鞍岳、2013年6月23日)
(※写真に写っている場所は、本来は入ってはいけない場所です。写っている人は、環境省の許可を受けた関係者です。)

鳥の糞には、通常の腸糞と、それとは別に盲腸糞というのがあります。ニホンライチョウも同様です。通常の腸糞にも、食べたものの違い(葉や花、実の色)によって、すなわち季節の植生(食性)によって、糞の色も違うそうです。さらに、抱卵期間中の雌は、採食のために巣を不在にするときに排泄する糞は、通常の10倍ほども大きいのだそうです。これを「抱卵糞」といいます。抱卵中に体内に溜めていた糞をまとめて排泄するからです。

ニホンライチョウは人を恐れない、ということは話には少し聞いていました。1メートルもない真横に近づいて立っても、堂々としたものです。逃げる気配はまったくなく、本当に驚きました。こんな野生動物が日本にいるんですね。海外のライチョウは、歴史的に狩猟鳥で、人を見るとすぐに逃げ出すそうで、海外の研究者がニホンライチョウを見ると、一様に衝撃を受けるそうです。

白山や立山、御嶽山、乗鞍岳など、山岳信仰の対象となっていた山々、このような「神々が鎮座する霊山」に住む鳥として、ニホンライチョウは江戸時代から一般に広く知られていたそうです。地域によっては「御鳥」とも呼ばれ、また「らいの鳥」とも呼ばれ火難や雷難除けの信仰の対象として崇められていたそうです。まさに、この「神の鳥」に相応しい振る舞いに接することができました。こんな素晴らしい鳥が日本にいることを皆が知り、そして、この素晴らしい高山環境をライチョウと共に、日本人として守っていかなければならない、と改めて感じました。

昨今の登山ブームですが、自然環境を守り野生生物を守るためにも、登山の際はマナーを守りましょう。

ニホンライチョウのなわばり内にこんなものが落ちていました。かなり以前のものだと思いますが。残念です。

続きはまた次回。

さいごに
この研修へのお誘いをいただき、また研修中も多くのことをご指導くださいました、信州大学教育学部の中村浩志先生、東邦大学理学部の小林 篤 氏、そして研修中にお世話になりました環境省長野自然環境事務所野生生物課の宮坂利夫氏に感謝申し上げます。本コラムの作成にあたり、信州大学教育学部の中村浩志先生に内容のご確認をいただきました。有難うございました。

【参考文献】
 中村浩志.2006.『雷鳥が語りかけるもの』.山と渓谷社.
 中村浩志.2007.『ライチョウLagopus mutus japonicus』.日本鳥学会誌56(2):93-114.

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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