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Vol.14『バクの繁殖研究①:採血と発情周期』

2014.7.18

 バクは日本では古くから悪夢を食べる空想上の霊獣「貘(ばく)」「夢喰(ばく)」としてよく知られていますが、本物のバクは生物学的な側面ではあまり調べられていません。バクは奇蹄目バク科に属する動物で、サイやウマと同じグループです。東南アジアに生息する白黒模様のマレーバク(Tapirus indicus)が一番有名ですが、その他に南米に生息する全身茶褐色のブラジルバク(別名アメリカバク、Tapirus terrestris)、中米に生息するベアードバク(Tapirus bairdii)、そしてアンデス山脈の高地に生息するヤマバク(Tapirus pinchaque)の計4種が知られています。2013年には、ブラジルとコロンビアに生息するバクが、カボマニバク(英名:Kobomani tapir、学名:Tapirus kabomani)として新種登録され、論文発表されています。ブラジルバクに似ているそうですが、ブラジルバクが体重200kg前後であるのに対し、このカボマニバクは110kg程度しかないそうで、現生最小種です。また、エクアドルとペルーに生息するバク(現 ブラジルバク)がさらに新種記載される可能性についても述べられています。

 どのバクも絶滅の危機に瀕しています。このうち、日本の動物園ではマレーバク、ブラジルバク、ベアードバクの3種が飼育されています。日本では横浜市繁殖センターをはじめ全国の飼育園館が積極的にこの絶滅危惧種の繁殖に取り組んでいます。しかし、バクの生理に関する研究例は非常に限られています。なぜか、生物学的な研究対象としては注目されてこなかったようです。

 これまでのコラムでは、糞を使ったホルモン測定が繁殖生理の解明に有用である例をいくつか紹介してきました。しかし、バクではこの方法がうまくいきません。幸いにも、バクは種の特性から、馴致によってストレスを与えることなく無麻酔・無保定下で定期的に採血することができる個体が比較的多くいます。動物園の動物の中でも珍しく、バクでは採血しようとする試みが比較的以前から行われてきました。

図1 ブラッシングで横になったマレーバク(名古屋市東山動物園)

 バクはブラッシングによって横臥姿勢になり、個体によってはそのまま眠ってしまいます。このように、リラックスさせた状態で採血が行われます。この方法で、バクにも人にも比較的安全にストレスなく、定期的な採血が可能となります。非常に馴致の行き届いた温順な個体では、立位状態のまま後肢からの採血ができることもあるようです。

図2 バクの採血の様子(左上:多摩動物公園のマレーバク、左下:よこはま動物園のマレーバク、右上下:横浜市繁殖センターのブラジルバク)

図3 マレーバクの採血の様子(名古屋市東山動物園)

 今回は、マレーバクとブラジルバクにおいて血液中の性ホルモンの変化を調べた研究例を紹介します。

 バクの雌の発情周期は、一般的には約1ヶ月サイクルで、これは主に雌雄間の性行動が観察される時期の間隔から判断されています。しかし、それにはかなりの幅があり、28~101日間との報告もあります。また、ある動物園のマレーバクでは1~2ヶ月に1回、発情様行動が観察されたという報告があります。長い発情周期については性行動の見落としや発情が微弱で行動兆候がなかったために、外見上2~3倍の長さに判断されてしまったものと考えられてきました。

 そこで、私たちはまず横浜市繁殖センターと共同でブラジルバクの雌を対象として、血液中の性ホルモン(プロジェステロン)濃度の変化を調査しました。次にマレーバクでも同様に、横浜市繁殖センター、よこはま動物園ズーラシア、多摩動物公園、名古屋市東山動物園と研究を行いました。バク類では、それ以前に、ベアードバク(米国マイアミメトロ動物園)でのみ、血中の性ホルモン濃度の変動パターンが報告されていましたので、これら3つの研究から、バク3種の発情周期(排卵周期)が生理学的に明らかになっています。

 ベアードバク
     30.8日間(25~38日間、雌2頭からの平均値)
 ブラジルバク
     29日間(24~34日間)と30日間(28~35日間)(雌2頭でのそれぞれの平均値)
 マレーバク
     43.6日間(21~84日間、雌7頭からの平均値)

 マレーバクについては、幅があるのがわかります。性ホルモンの分泌パターンからも長い周期が確認されたため、「性行動の見落としや発情が微弱で行動的兆候がなかった」のではなく(もちろんそういう場合もあると思いますが)、元々の生理として、1ヶ月くらいの発情周期と2ヶ月くらいの発情周期の2パターンがあることがわかりました。1ヶ月のパターンが一般的なサイクルのようで、2ヶ月のパターンのほうが頻度は少なく、起こらない個体もいました。2パターンあることの生態的な理由はよくわかりませんが、もしかするとどちらかが異常なのかもしれません。しかし、ウマやシロサイでもこのような2パターンが報告されています。奇蹄目に共通する特徴かどうかはよくわかりません。ウマの場合、排卵から次の排卵までの1回の排卵周期の間に、途中で余計に排卵が起こることがあり(他の動物ではほとんど起こりません)、ウマではそれが原因であると考えられています。

 バクは、研究の対象としてなぜか世界的にも人気がないようです。私は縁あって、人生最初(学生時代)の研究対象動物がバクでした。ここで紹介した研究がそれです。これから多くの人がバクに注目して、ぜひ色々なことを調べていって欲しいと思います。バクという動物の生物学が明らかになっていくことを願います。

 本コラムは下記の論文がもとになっています。本コラムの作成にあたり、関係園館の方々に改めてご協力をいただきました。ありがとうございました。

Kusuda S, Ikoma M, Morikaku K, Koizumi J, Kawaguchi Y, Kobayashi K, Matsui K, Nakamura A, Hashikawa H, Kobayashi K, Ueda M, Kaneko M, Akikawa T, Shibagaki S, Doi O. 2007. Estrous cycle based on blood progesterone profiles and changes in vulvar appearance of Malayan tapirs (Tapirus indicus ). J Reprod Dev 53(6): 1283-1289. 

(参考)カボマニバクに関するニュース
http://jp.mongabay.com/news/2014/jp1216-hance-new-tapir-kabomani.html

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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