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Vol.4 『ツシマヤマネコの排卵様式と繁殖研究』

2011.11.17

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福岡市動物園にて,2007年10月14日撮影

第4回目はツシマヤマネコ。その排卵様式と繁殖研究の現状についてです。

ヒトや家畜(ウシ,ウマ,ブタ,ヒツジ,ヤギ,イヌ)を含むほとんどの哺乳動物のメスは、繁殖の時期になれば、卵巣の中で卵胞が発育し、自然に排卵が起こる生理メカニズムを備えています。これを“自然排卵”といいます。しかし、一部の動物は、オスからの交尾刺激がないと、排卵が起こりません。これを“交尾排卵”といいます。排卵の起こり方には、このように2つのパターンがあります。一般的には、イエネコ,ウサギ,フェレット,ミンク,アルパカなどが交尾排卵動物の例として教科書に挙げられています。ちょっと意外なところでは、コアラも交尾排卵動物です。

一般に、交尾排卵動物は、交尾しない限り発情が持続するので(もちろんずっとではありませんが)、メスを獲得するために多くのオスが集まり、より強いオスが繁殖できる(より強いオスと交尾できる)可能性があると考えられています。また、多くのオスと複数回交尾することによって精子の競争も激化し、よりよい精子によって、より確率の高い受精が起こるとも考えられます。発情期が持続することは、繁殖に適した季節が限定されているような環境や、オスメスの出会うチャンスが少ないような生態だったりする場合にも、都合がよいのかもしれません。交尾排卵という現象は、ある環境やある種の生態においては、生殖戦略上きっと有利に働いてきたのでしょう。

交尾排卵型の動物であっても、例えばイエネコは稀に自然排卵も起こることが知られています。トラ、ライオン、ヒョウ、チーターなどの野生ネコ科動物はだいたい交尾排卵型ですが、イエネコと同様に、稀に自然排卵が起こっていることが確認されています。ツシマヤマネコも、ネコ科動物の例に漏れず,交尾排卵型であることがわかってきました。稀に自然排卵も起こっているようです。自然排卵が起こる頻度や時期は、種や個体、環境条件によって様々なようです。第3回のコラムで紹介したチーターは、私たちの研究や他の論文報告をみても、自然排卵の起こる確率が極めて低い交尾排卵動物であるようです。

最近では、チーターで興味深いニュースが出ています。チーターの排卵現象は、オスの独特な鳴き声によって誘発されるという実験結果を、サンディエゴ動物園の研究チームが発表しています(National Geographic News,2009年)。オスの鳴き声によってメスの生殖メカニズムにスイッチが入るというのは、あり得ないことでもないかもしれません。今後詳細な研究結果が発表されることを期待したいと思います。

話題がそれてしまいましたが、ツシマヤマネコに話を戻します。繁殖研究の現状についてです。
ツシマヤマネコは、日本に生息する野生ネコ科動物の2種のうちの1種です(もう1種はイリオモテヤマネコ)。動物園で飼育されているネコ科動物の多くは、野生では絶滅の危機に瀕しています。そのため、世界の様々なネコ科動物の繁殖生理に関する研究が,特に海外で多く行われてきました。もちろんそれは、その種の保全に向けた飼育下繁殖計画を、生理学的基礎知識を持った上で適切に円滑に行うためで、例えば、オスの精液性状を調べたり、メスの生殖周期を調べたり、ときには人工授精や体外受精に関する技術開発も進められてきました。

日本産のネコ科動物も残念ながら、2種とも最も高いレベルの絶滅危惧種です。そのため、動物園での普及啓発活動や保護増殖、飼育研究や繁殖研究など様々な取り組みが重要になってきます。日本産のネコ科動物は、海外の動物園では飼育されていませんし、日本の動物園で本格的に飼育されるようになったのも比較的新しく、1996年の福岡市動物園のツシマヤマネコが最初です。ツシマヤマネコの飼育と繁殖は、種の保存法の下、環境省の保護増殖事業計画の中で進められているものです。飼育下で初めて繁殖に成功したのは、2000年4月のことです。その後、井の頭自然文化園(2006年)、よこはま動物園ズーラシア(2006年)、富山市ファミリーパーク(2007年)、西海国立公園九十九島動植物園(旧 佐世保市亜熱帯動植物園,2010年)で飼育されるようになり、今年2011年からは、名古屋市東山動物園、盛岡市動物公園、沖縄こども未来ゾーンでも飼育が始まります。

ツシマヤマネコの生息地,長崎県対馬市はまだまだ多くの自然が残っていますが, 野生のツシマヤマネコは減少傾向にあり,また交通事故も絶えないのだそうです。 (2011年6月29日撮影)

動物園での飼育繁殖事業が拡大されたことによって、実際の飼育繁殖データの蓄積が行えるようになり、また私たちも繁殖生理の分析研究を行なうことができるようになりました。これによってツシマヤマネコの繁殖現象が徐々に明らかになってきています。特に、繁殖生理を詳細に研究するには、やはり飼育下の個体、“動物園”でしかできないことです。この生物の動物園での飼育の歴史と共に、繁殖生理に関する研究も徐々に進んできています。これらの学術的な知見の蓄積は、今後の動物園での繁殖計画や、生息地での保全活動にも有用な情報になるはずです。ツシマヤマネコの研究は、まだまだ始まったばかりです。

記念すべき第1号 飼育下で初めて生まれたメスのツシマヤマネコ 福岡市動物園で2000年4月18日に誕生 (写真提供:福岡市動物園)

最後に,ツシマヤマネコの繁殖生理(性ホルモン)の研究は,日本動物園水族館協会の種保存委員会ツシマヤマネコ種別繁殖検討委員会の活動の一環として各園と連携しながら,また環境省対馬野生生物保護センター,東京動物園協会野生生物保全センター,日本獣医生命科学大学,北海道大学など関係機関と協力しながら進めているものです。お世話になっている皆様に改めて御礼申し上げます。また,本コラムの作成にあたり,福岡市動物園に貴重な写真をお借りすることができました。ありがとうございました。

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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