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Vol.16 『シャチの排卵周期:体温測定と糞中ホルモン』

2014.9.21

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図1 シャチの排便の様子(名古屋港水族館)

 これまでのコラムで、動物園の動物の繁殖研究として、糞中ホルモン分析の利用について何度もご紹介してきました。陸生動物では、繁殖生理を調べるために多用されている方法ですが、海生哺乳類(海獣類)で糞中ホルモンの測定が行われた例はほとんどありません。調べた限りでは、バンドウイルカ、タイセイヨウセミクジラ、ゼニガタアザラシ、トド、ラッコでの報告例がわずかにあるくらいです。海獣類のほとんどは、糞を水中に排泄するため、採取自体が非常に難しいからです。

 そして、特に水族館の鯨類や鰭脚類では、ハズバンダリートレーニング(*)がかなり以前から積極的に取り入れられ、健康管理のために採血を行ったり、体温測定をしたり、と陸生哺乳類とは少し飼育管理の方法が異なる面があります。したがって、わざわざ糞を採取しなくても、採血して血液中のホルモンを調べた方が簡単なため、その方法が定着してきたことも大きな理由かもしれません。

(*ハズバンダリートレーニングとは・・・・・ オペラント条件付けの原理に則り、飼育係の合図や号令下で、健康管理目的の行動を自ら起こさせる受診動作訓練。ショーのためのトレーニングではありません。ついでに・・・ショーのことを悪くいう人もいますが、正しく行えば、それは自らの自由意思で行うもので、動物のエクササイズやその行動を発揮させるためにも必要なことです。その動きは健康状態を量る指標にもなるでしょう。動物の生物学的魅力や行動能力を正しく伝え、教育的メッセージを含む内容であれば、ショーは大切なことだと思います。)

 定期的に採血を行うことは、ホルモン変化を調べるだけでなく、様々な血液検査ができ、健康状態を厳密に管理し続けることができるため、飼育下動物ではとても大切なことです。しかし、月に1回とか週に1回などで定期的に採血することができたとしても、またハズバンダリートレーニングが完全であったとしても、毎日のような頻回の採血は、血管自体への物理的なダメージなどもあり、難しくなってきます。

 そこで、再び排泄物のホルモンの話に戻ります。しかし、どうやって糞や尿を採るのでしょうか。鯨類では、トレーナーのサインで仰向け姿勢を取ることができるようになり、排尿を促すことができるようにもなるそうです。この方法で尿を採取してホルモン分析が行われた報告はいくつかあります。そして、糞はというと、排泄された糞を採ることは至難のわざですが、体内から直接採取することならできる場合があります。動物園の陸生動物とは大きく異なるところです。

 多くの水族館では、鯨類は、温度センサーを直腸へ挿入して、毎日のように体温変化を観察して、健康管理が行われています。ここに着目して、名古屋港水族館でシャチの糞の採取が試みられました。ちなみに、このグラフは、血液中のホルモンと体温の関係を示したもので、両者がとてもよくリンクしていることがわかります。体温変化は日々の健康チェックの目的だけでなく、排卵周期や妊娠、出産のタイミングなどをおおまかに把握することにも役立ちます。

図2 名古屋港水族館のシャチ(クー)の血液中のプロジェステロンの分泌パターンと直腸温の変化の関係

図2 名古屋港水族館のシャチ(クー)の血液中のプロジェステロンの分泌パターンと直腸温の変化の関係

この体温測定のときに、温度センサーを挿入するのと同じように、細いチューブを腸内に挿入して、溜まっている糞を少しだけ吸い取ります。このようにして採取された糞を使って、ホルモン分析を試みました。ちなみに、シャチの糞って何色か知っていますか?

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図3 シャチからの糞の採取方法(名古屋港水族館)
左上:トレーナーのサインで自ら検温姿勢を取る、右上:糞の採取道具、左下:腸内糞の採取の様子、右下:シャチの糞(緑色)

 下のグラフは、シャチの血液中のプロジェステロンと糞中のプロジェステロンの関係を示したものです。糞を使った測定でも、血液中の変化をほぼ捉えていることが分かりました。この研究をはじめた最初の頃は糞の採り方や道具に試行錯誤がありましたが、徐々に方法が分かってきて、6月以降はうまく採れるようになっています。この結果は、世界で初めてのものになりました。

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図4 名古屋港水族館のシャチ(クー)の血液中と糞中のプロジェステロン変動の比較

 Vol.6で紹介しましたが、尿でないと測定できないホルモン、糞でないと測定できないホルモン、どちらでも測定できるホルモンがあります。これは動物によって様々です。調べたい内容によって、材料を検討しなければなりません。このように色々な分析材料を、動物にいかに負担をかけずに安全に採取できるようにするか、ということは、水族館で動物を適切に調査研究して管理していくのに重要なことなのです。

 今回のコラムの内容は、名古屋港水族館でのシャチの特別展(2008年)でも少し紹介されていました。水族館の様々な取り組みを、来館者や市民に発信していくことも水族館の大きな役割です。そして、研究活動を分かりやすく紹介し情報発信していくことは、水族館や大学のひとつの役目でもあります。クーちゃんは2008年9月に亡くなりましたが、多くの人にシャチの魅力を伝え、多くの研究成果を残しました。このときの研究成果は今も大いに生かされ、他の鯨類の繁殖研究にも発展しています。

図5 名古屋港水族館のシャチの特別展(2008年11月1日~12月7日まで開催)

図5 名古屋港水族館のシャチの特別展(2008年11月1日~12月7日まで開催)

ここで紹介したシャチの繁殖研究は、以下の論文が基になっています。

Kusuda S, Kakizoe Y, Kanda K, Sengoku T, Fukumoto Y, Watanabe Y, Adachi I, Doi O. 2011. Ovarian cycle approach by fecal progesterone and rectal temperature in a female killer whale, Orcinus orca. Zoo Biology 30(3): 285-295.

楠田哲士.2014.排泄物を用いたホルモン測定による飼育下海獣類の繁殖生理モニタリング.勇魚60: 5-9.

この研究は、名古屋港水族館との共同研究として行われたものです。また、本コラムの作成にあたっても、名古屋港水族館の関係の方々に改めてご協力をいただきました。ありがとうございました。

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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