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Vol.2『ゾウの基礎体温』

2011.9.19

ゾウの体温は何度くらいか知っていますか? どうやって計るか知っていますか?
ゾウの体温に関する研究はかなり古くから行われています。アフリカゾウとアジアゾウの正常な体温はだいたい36~37℃の範囲で,38℃を超える場合には注意を要するといわれています。ゾウの体温を測定する方法にはいくつかあります。

1.体温計を持って直腸内に腕を入れて計る方法(直腸温)
2.排泄直後の糞に体温計を挿して計る方法(糞温)
3.排尿中の落下途中の尿や排尿直後の尿に体温計をつけて計る方法(尿温)

アジアゾウの直腸温を測定中

ゾウは大量の糞や尿を体深部(膀胱や直腸)に蓄積しているため,体温に保たれた排泄物を体外に出てすぐに計れば,体温を間接的に測っていることと同じになります。もちろん最も正確なのは直腸温検査です。ただ,1番や3番の方法はゾウに近づいたり接触したりしなければならないので,完全に馴致やトレーニングがされたゾウでしかできません。2番であれば,比較的安全に行なえるので,一番多く行なわれる方法です。
ゾウの糞温の適切な測定方法は,1936年に報告されています。排泄直後の糞に水銀体温計を約5センチ挿入し,30秒後に糞塊の中心部まで入れてさらに90秒間測定するというものです。ゾウの糞温の測定値は,直腸温の測定値に非常に近いことも,ここで報告されています。

さて,このコラムのタイトルは「どうぶつ繁殖日誌」。体温と繁殖の関係は?ということですが,人の女性は,基礎体温というものを毎朝起床直後に計って記録することによって,月経周期(生理周期)が正常か,排卵日はいつか,妊娠したかどうか,などを調べることができます。「基礎体温」でインターネット検索すれば,比較的詳しく生理との関係を書いたサイトがたくさん出てきますので,興味があれば見てみてください。

この現象は,人に限ったことではなく,チンパンジーなどの霊長類に加えて,家畜のウシやヒツジ,その他にはコモンウォンバット,フサオネズミカンガルー,バンドウイルカ,ベルーガ,シャチなどで,排卵あるいは妊娠と関係があることが報告されています。野生動物では,ここに挙げたくらいしか,あまり報告例はありません。私たちは,ゾウでも同じような現象がみられるのかどうかを調べてみることにしました。

この研究の始まりには,ある大きなきっかけがありました。もう8年も前のことです。ゾウが異常に好きな学生が,ある夜,ゾウの大きな耳に,ミミッピをあててゾウの体温を計っている夢を見たそうです(ミミッピとは,耳式体温計でテルモ社の登録商標です。耳の中の赤外線量を高性能センサーで検出し,一瞬で体温を測定します)。この研究をやってみたい,こんなことがきっかけでした。私もゾウが大好きですから,とても興味がわきました。そもそもゾウで,体温測定をしている動物園があるのかどうかも知らなかった私は,繁殖周期に関する共同研究(性ホルモンの測定など)を行なっていたいくつかの連携動物園に尋ねてみました。するとその当時,アフリカゾウでは群馬サファリパーク,姫路セントラルパーク,名古屋市東山動物園,アジアゾウではよこはま動物園ズーラシアと京都市動物園で,体温測定を行なっていました。主に健康管理の目的で測定されていて,そのほとんどは直腸温か糞温を計っていました。そして,なんと1園だけ東山動物園が,ミミッピではありませんでしたが,別のメーカーの耳式体温計を使って体温の測定を毎日行なっていたのです。さすがに耳ではありませんでしたが,なんと舌の表面温度でした。

名古屋市東山動物園のアフリカゾウのメス“ケニー”で耳式体温計を使って舌表面温度を測定中

これらの動物園の協力を得て,それまでに動物園に蓄積されていた体温値の膨大な記録を,私たちの研究室で分析していた性ホルモン(プロジェステロンという,排卵や妊娠に関連するホルモン)の結果と合わせてみたところ,なんと同じように周期的に変化していたのです。ちなみに,ゾウの排卵は3~4ヶ月周期で起こります。下のグラフは,東山動物園のアフリカゾウ“ケニー”の体温(舌温)値で,水色の線は毎日の実測値,黒い線は統計的に示した平均的な変化です。同じ期間に調べていた性ホルモンの変動と体温変化(黒い線)が一致しました。逆に,性ホルモンに変動がなく排卵していないと思われる別の動物園のメスでは,体温にも周期性はみられませんでした。この結果から,ゾウでも排卵に伴う体温の変化があることがわかったのです。少し大げさですが,これは世界で初めての研究成果になりました。ある夜の「夢」が実現しました。

名古屋市東山動物園のアフリカゾウ“ケニー”の約2年間の体温変化

少し話はそれますが,2003年1月以降,ケニーの体温値がかなり下がっているのがこのグラフから読み取れます。2003年12月19日(矢印)に,それまでずっと一緒に28年間暮らしてきたメス“マルサ”が40歳で亡くなったのです。一般に,過度の精神的なショック(ストレス)を受けると,低体温を招くといわれています。仲間を失ったことによる悲しみや不安は相当なものだったのでしょう(証明できないので,偶然の結果かもしれませんが・・・)。その後,元の体温周期に戻るまで1年近くかかっているのも読み取れます。ゾウの愛情深さや知能の高さを改めて感じる出来事でした。

この研究を行なうにあたり,群馬サファリパーク,姫路セントラルパーク,名古屋市東山動物園,よこはま動物園ズーラシア,京都市動物園にお世話になりました。また,このコラムを書くにあたり,東山動物園の園長さんにお世話になりました。改めて御礼申し上げます。

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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