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Vol.9『アラビアオリックスの繁殖計画と繁殖研究』

2012.7.20

アラビアオリックスたち:ルネ,エンティ,リズ,エラ,カナ(写真提供:横浜市立金沢動物園,2008年12月3日撮影)

アラビアオリックスは,角目的での乱獲が進み,1972年には野生で一度絶滅してしまいました。しかし,野生絶滅までの間に,アメリカのフェニックス動物園を中心に飼育下個体群が確立できていたため,復活を遂げることができました。特に欧米の動物園の飼育下繁殖個体が,オマーンやサウジアラビアなどの野生へ再導入され,野生復帰を果たしています。今尚,アラビアオリックスは絶滅の危機にあるのは変わらず,世界中の動物園がその繁殖計画に関わり,この種の保全が進められています。日本では,1988年4月に横浜市立金沢動物園での飼育が開始され,翌年に初めて繁殖(出産)しています。その後,1994年にアドベンチャーワールド,1998年に福岡市動物園でもそれぞれ飼育が始まりました。現在までに日本では21頭がうまれています。今,日本でアラビアオリックスを飼育展示している動物園は2箇所のみで,金沢動物園に6頭(エンティ♀,カナ♀,ラリー♂,リズ♀,スフィア♂,ミライ♂)と福岡市動物園に3頭(ライラ♀,ジョリー♂,アシール♂)です。

これまでの飼育史の中で,日本では一時は6頭にまで減少し,これまで以上に繁殖に期待がかけられた時期がありました。より効率的かつ確実な繁殖計画が求められたのです。飼育担当者からの相談を受け,私たちもその繁殖のために,繁殖研究を開始しました。糞中の性ホルモン測定がどのようにその繁殖計画に利用されたのかを紹介したいと思います。

まずは,発情周期を正しく判断するために,行動観察記録と糞中ホルモン値の変化を比較することから始めました。

アラビラオリックス雌2頭(横浜市立金沢動物園)の性行動スコアと糞中ホルモン動態
グラフ上の横棒の日数は,「飼育担当者が行動から判断した発情周期の日数(緑)」と「糞中ホルモンのサイクルから判断した発情周期の日数(青)」を示しています。

グラフは,飼育担当者が日々観察し記録した性行動の状況をスコア化したものと,私たちが測定していた糞中の性ホルモン値の関係を合わせて示したものです。この結果から,行動から判断した発情周期と,ホルモン変動から判断した発情周期には若干のずれがあることが分かります。飼育(行動)データとホルモンデータには,それぞれのメリット・デメリットがあり,どちらか一方だけでは判断できないことが改めて認識できました。それぞれのデータのよいところをあわせながら,動物の生理状態を正しく読み取っていくことが大切だということです。

ひとまずこの研究で,ジラもエンティも排卵周期が回っていることが明らかになり,その生理サイクルに性行動が伴っていることがはっきりしました。

そして,実践です。
当時,金沢動物園にはオス1頭(エラ)とメス2頭(ジラ,エンティ)が飼育されていました。特にオスの年齢的な問題もあり,少しでも早く繁殖を成功させ,1頭でも多くの子供を残すことが求められていました。ジラの事前の調査から,発情周期は糞から確認することができていましたので,生理サイクルのモニタリングとともに,妊娠診断のために継続調査することになりました。

アラビラオリックス雌2頭(横浜市立金沢動物園)の糞中ホルモン動態の調査と繁殖計画

ジラの糞中ホルモンの周期的なパターンは,エラとの同居の中で,途中から周期性が見られなくなり,ホルモン値が高い値を継続して示していることがわかりました。これは妊娠の生理的な徴候です。これによって,行動や体型からだけでは判断しづらい初期の段階で,妊娠診断を行うことができました。

アラビアオリックスの発情・交尾から出産までの様子
①エラ(オス)からエンティ(メス)へのキッキング(横浜市立金沢動物園,2006年3月12日撮影)
②ラリー(オス)とカナ(メス)の交尾(写真提供:横浜市立金沢動物園,2009年11月2日撮影)
③イラの妊娠約200日目のお腹(写真提供:福岡市動物園,2008年8月11日撮影)
④イラの出産(写真提供:福岡市動物園,2008年10月5日撮影)
⑤リズ(母)とミライ(子)(写真提供:横浜市立金沢動物園,2011年5月5日撮影)

ジラの妊娠の可能性が高まったため,ジラとエラのペアリングを解消し,もう1頭のメス(エンティ)とエラとのペアリングが開始されました。エンティについても,糞中ホルモンのパターンにおいて,途中から妊娠の可能性が高まりました。結果的に約2年間の調査期間中に,2頭のメスが妊娠し,その妊娠診断に成功しました(ジラについては残念ながら,2005年11月に妊娠中に病死しています)。このように,動物園の繁殖計画にホルモン測定を取り入れることで,より効率的かつ確実な繁殖につながる場合もあります。

その後,福岡市動物園のアラビアオリックスでも同様にこの手法が取り入れられました。これらの研究の取り組みは,それぞれの動物園で,飼育担当者が作製した解説パネルでも紹介されていました。このような,通常は一般の方に見えていない繁殖計画や研究活動を分かりやすく紹介し,その意味を来園者に伝え,問題意識を共有してもらうことも,動物園の大きな役割です。

アラビアオリックスの展示場に掲示されていた研究の紹介パネル
①福岡市動物園(2007年10月14日撮影)
②横浜市立金沢動物園(2006年3月12日撮影)

アラビアオリックスはその後,繁殖が順調に進み,最大12頭(2010年7月4日時点)にまで国内飼育頭数が増えました。

最後に・・・・,誤解されてはいけないことがあります。『繁殖研究が繁殖を成功させたのではありません。』当たり前といえば当たり前なのですが,よく誤解されていると感じることがあります。私たち大学は,繁殖のプロではありません。飼育の専門家でも,ブリーダーでもありません。実際に繁殖させるのは,飼育の専門家である動物園の担当者です。繁殖研究などの科学的データを参考にして,日々の飼育データや様々な経験,そして数値化することの難しいその時の雰囲気というものもあると思います,これらを総合的に考えながら,互いに協力しながら,それを飼育・繁殖管理に反映させることが大事なのです。飼育担当者の強い意志と熱意があってこそ実現したのです。ホルモン測定をどれだけ行なっても繁殖することはありません。その手法やデータを活用する人がいなければ,「研究のための研究」でしかなく,「繁殖のための研究」にはならないのです。

アラビアオリックスの顔の変化
①カナ(メス),生後2週齢(写真提供:横浜市立金沢動物園,2006年12月21日撮影)
②リズ(メス),生後2ヶ月齢(福岡市動物園,2007年10月14日撮影)
③イラ(メス),12歳(福岡市動物園,2007年10月14日撮影)

ここで紹介したアラビアオリックスの繁殖研究は,横浜市立金沢動物園,福岡市動物園,岐阜大学の共同研究として行われたもので,下記の論文が基になっています。本コラムの作成にあたって,横浜市環境創造局動物園課,横浜市立金沢動物園,よこはま動物園ズーラシア,福岡市動物園の関係の皆様にご協力・ご確認をいただきました。また,多数の貴重な写真をお借りすることができました。ありがとうございました。

中村浩隆,楠田哲士,長神大忠,加藤麻希,纐纈 勲,戸川由紀夫,山田晃代,清野 悟,土井 守.2008.性行動観察と糞中プロジェステロン測定によるアラビアオリックスの発情周期の解明と妊娠診断.動物園水族館雑誌49(1): 1-7.

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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