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Vol.19 『バクの繁殖研究②:発情と外部徴候』

2015.1.1

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図1 マレーバクの交尾行動

 マレーバクの繁殖行動について、多摩動物公園で以前に調査したことがありました。雌雄を同居飼育した場合の観察記録では、雄が雌を追尾したり、乗駕を試みたりする行動は年間を通して観察されましたが、その頻度はやはり雌の発情期に増加するようです。雌雄の鳴き交わしも同様でした。雌が雄を許容した乗駕行動(交尾行動)はほぼ1~2ヶ月間隔で、これは雌の発情周期(前のコラムVol.14を参照)とほぼ一致しました。このように、雌雄が同居状態であれば、雌雄間の行動から、ある程度、雌の生殖状態(例えば、発情期か否か)を予測することができます。

図2 マレーバクのフレーメン

図2 マレーバクのフレーメン

 写真は、マレーバクのフレーメンです。フレーメンとは、雌から排泄された尿を雄が口で受けたり、舐めたり、嗅いだりしたあと、上唇をまくり上げる特徴的なしぐさで、雌の発情状態や交尾可能性を探る行動と考えられています(繁殖学辞典より引用)。

 マレーバクでは、発情期やその前の時期に、フレーメンが多少増加するようですが、発情期との明確な関連性はみられませんでした。発情状態を常に探査する行動なので、発情期の行動というわけではないのでしょう。

 バクは通常、単独生活をする動物です。本来の生態に近づける飼育管理を目指す施設では、発情期以外、雌雄を分けて飼育することがあります。その場合、雌雄の同居のタイミング(雌の発情期)は、飼育係が判断することになります。しかし、バクの発情は、雌単独での飼育ではその兆候が分かりにくいようで、一般的には、雄と同居していなければ判断が難しいといわれています。前回のコラムVol.14で紹介した、血液中の性ホルモン(プロジェステロン)の変動パターンから発情周期(排卵周期)を調べた研究も、元々はそのことが発端となって始まったものです。

 しかし、ホルモン測定には時間もかかり、もし瞬時に結果が出たとしても、その現場ですぐに発情かどうかを判断することには使えません。動物園の飼育や繁殖の実践の場には、動物の生殖状態を、目で見てわかる指標が求められます。性ホルモンは、そういった目で見てわかる指標作りのための裏付けとして測定されることがあります(妊娠診断などは別ですが、今回のように発情を調べる場合には、それが本来の使い方だと思います)。

 愛媛県立とべ動物園が公開していた飼育レポートでは、雌マレーバクにおいて、落ち着きがなくなり鳴き交わしが増えるなどの発情様行動の増加する時期と外陰部からの粘液漏出時期が一致する傾向があることを報告しています。私たちも、この点に着目し、マレーバクとブラジルバクにおいて、外陰部に変化がみられる時期がどういう生殖状態にある時なのかを調べることにしました。外陰部からの粘液漏出時期は、血中のプロジェステロン濃度の上昇開始期の前であることがわかってきました。これは、発情期(排卵期)に近いことを意味します。また、この時期には外陰部が膨らんでいることも確認できました。外陰部からの粘液漏出や外陰部の腫脹は、発情を示す外部指標になりうることが裏付けられたのです(個体によっては、それも分かりにくい場合があるようですが)。

図3 マレーバクの血中プロジェステロン動態と外陰部の状態の関係 ホルモン動態から発情期と判断できた時期に、外陰部の腫脹や粘液の漏出が確認されました。

図3 マレーバクの血中プロジェステロン動態と外陰部の状態の関係
ホルモン動態から発情期と判断できた時期に、外陰部の腫脹や粘液の漏出が確認されました。

さいごに・・・
「発情」ということばは、一般的には雄にも雌にも使われますが、繁殖学的には雌にしか起こらない現象なので、雌にしか使えない用語です。「雄が発情している」とか「雄の発情期」という使い方は誤りです。繁殖学辞典では「雌動物の性欲の発現を指すもので、雄を迎え交配に応じる雄許容の状態をいう」と定義されています。

 ここで紹介したマレーバクの繁殖研究は、多摩動物公園、よこはま動物園ズーラシアとの共同研究として実施したもので、下記の論文がもとになっています。本コラムの作成にあたり、関係園館の方々に改めてご協力をいただきました。ありがとうございました。

Kusuda S, Ikoma M, Morikaku K, Koizumi J, Kawaguchi Y, Kobayashi K, Matsui K, Nakamura A, Hashikawa H, Kobayashi K, Ueda M, Kaneko M, Akikawa T, Shibagaki S, Doi O. 2007. Estrous cycle based on blood progesterone profiles and changes in vulvar appearance of Malayan tapirs (Tapirus indicus). J Reprod Dev 53(6): 1283-1289. 

Kusuda S, Ishihara K, Ikoma M, Doi O, Uetake K, Tanaka T, 2008. Male and female behaviors related with estrus and copulation in the captive Malayan tapir, Tapirus indicus. Jpn J Zoo Wildl Med 13(2): 45-50. 楠田哲士、足立 樹、小川由貴.2014.動物園動物の繁殖生理の非侵襲的モニタリング法(動物園における希少動物の繁殖と生殖補助技術・後編).JVM獣医畜産新報67(1):28-32.

著者プロフィール

楠田 哲士(くすだ さとし)

1978年 兵庫県神戸市生まれ
岐阜大学応用生物科学部・准教授。専門は、動物園動物の繁殖生理学。
日本大学生物資源科学部動物資源科学科卒業、岐阜大学大学院修了。博士(農学)。
東京都臨時職員(多摩動物公園)、日本学術振興会特別研究員などを経て、
2008年から現職。
日本動物園水族館協会生物多様性委員会・外部委員。

著書
『キリンEAZA飼育管理ガイドライン』(日本動物園水族館協会)、
『動物園動物管理学』(文永堂出版)、『動物園学入門』(朝倉書店)など

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