日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.41 稀少種ガンモンフシエラガイ発見

2020.12.21

7月の激濁りのダイビング以降、久々に桜島の海に潜ってみました。
寒くなってくると海の中は透明度が増し、遠くまで見えるようになります。
錦江湾は深く暗いのであまり遠くまで見えませんが、それでも豪雨後の夏の海とは全く違った表情を見せてくれます。

浜からエントリーすると、クロサギやヨメヒメジ、少しサイズアップしたゴンズイ玉、コノハミドリガイがお迎えしてくれます。岩場にいきつくとナガサキスズメダイやクロホシイシモチの群れが私たちをよけるように広がっていき、眼前が開けたと思うとそこにはアカオビハナダイの美しい群れが何千、何万という単位で辺り一面を彩ります。少し離れたところで大小のイラがこちらを取り囲むようにパトロール。海底にはサンゴイソギンチャクが揺れ、クマノミが顔をのぞかせます。さらに離れた海底にはムチカラマツの林が広がりゲンロクダイが合間を縫って餌を探しています。
これこそがTHE桜島の海。何度見ても息をのむこの光景。いつまでも残ってほしいものです。

さて、こうした素晴らしい光景を見つつ、本来の業務である生物採集を終え、エントリー口まで戻ろうとしたところ、なんだか思っていた地形とは違うところに出てしまいました。探索中に少し道を逸れてしまったようです。

コンパスを睨みながらおかしいなあと思いつつ、思う方向に進むとそれはいました。

海底に異様な模様のボールのような塊が二つ。
濃紫色のボールに白い二重丸がたくさん。。。な、なんですか、これは??
サンゴにしてはポリプの境目がはっきりしないし、単体性でこんな見た目のものはない。。。はず。イソギンチャクにしては口が見当たらない・・・。
軟体部があってこれほど大きく、石灰質の部位が見えないような生き物・・・・これは・・・もしやあのウミウシなんじゃないだろうか・・・・・と、図鑑で見た記憶から類推していきますが、早合点は禁物。ちゃんとついてるものを確認しましょう。
あのウミウシであるならばちゃんと触角があります。
そっと触ると確かな弾力。これは軟体動物だろうと、一段階可能性が高くなります。
ボールの周囲をぐるっと確認してみると、ありました。筒状の触角が1対。
持ち上げて腹足の存在を確認し、その後方には足腺と思われる帯があることも確認しました。

この時点で腹足類(貝類)がほぼ確定。
さらに右体側面にえらを確認し、ウミウシの側鰓類であることを確信します。

なんと・・・見つけてしまった。。。あのフシエラガイを。これはめったにない記録のはずです。

高ぶる興奮を抑え、カメラを取り出し撮影。砂が舞いあがらないように・・・・と思いながらも、泥状の海底と波で思うように撮影できません。
落ち着いてよく観察してみます。
貴重なウミウシを発見した時は、まず発見時の状態で写真を撮ります。
アングル的には使えない写真でも、できるだけ周囲の環境がわかるように撮っておくことが、あとあと生態上のヒントになることもあるのでとても大切です。

ボールが二つあるように見えたのは2個体が交接中のため。

ウミウシにしては大きいこの種類は、いくつか知られる大型のフシエラガイ類の1つで、これらはいずれも希少種と言えます。
今回発見した個体は20㎝ほどありそうです。

じっくり観察するために、そして這っている様子(通常の状態)を撮影するために、明るい場所に移動します。

砂地においてやると、ゆっくりと砂地を這いだしました。すでにボール状ではありません。

幅広い腹足。
多くのフシエラガイ類は背楯の下から触角がこんにちはしているのですが、本種は背楯前方が触角を左右から包み込むように延びています。口幕は長く伸びておらず目立ちません。

そして背楯表面の眼紋。

じっくり見ていると、やけにふわふわしているというか、何かが乗っかっているような違和感を覚えます。気になって指で触ってみると、なんと簡単に取れてしまいました。

そしてその下にあったのは、体色よりもやや濃い色の眼紋。
どうやら、本来ある眼紋の上に海中の懸濁物や舞い上がった砂が堆積して白い眼紋になっているよう。
つまり懸濁物でお化粧している。。。いや、眼紋を目立たせている?ということなのでしょうか。

眼紋を指でぬぐう様子。左:ぬぐう前、右:拭った後。指先の灰色の眼紋がとれて濃紫色に変化しています

もしかすると、眼紋には若干の凹凸があり、うまく懸濁物が引っかかるようになっているのでしょうか。それとも粘液分泌をコントロールして眼紋のところにだけ堆積しやすくしているのでしょうか。
少なくとも色物質を分泌したり、部分的に色が変化したりしているわけではありません。

水槽に搬入して観察を続けてみます。
水槽の掃除などをして砂が舞った後はやはり眼紋が白く目立ってきます。
どのようにして砂を集めているのか、大変おもしろいしくみです。

眼紋は生物界でさまざまな生物に見られるもので、とくに昆虫や魚などでは有名です。小さな生物がより大きな外敵から襲われないように、目玉の模様をつけることで相手をびっくりさせる効果があると言われています。

ガンモンフシエラガイはウミウシの中では大型ですが、だからこそ目立ってしまいやすい。
一方で、これらの近縁種は夜行性のものが多く、日中は転石の下など狭いところに隠れていることも多いようです。
狭いところへ進入すると眼紋すら必要なくなるものと思いますし、せっかく堆積させた懸濁物も剥げてしまいます。しかしすでに隠れた後だからお構いなし?
夜になって活動を開始すると、暗い海中では暗色の眼紋では効果が薄い可能性があります。そこで懸濁物を堆積させて白くすればより目立って効果を高めることができる。。。。

・・・・とまぁこんな感じの妄想を頭の中でしてみますが、本当のところはわかりませんね。だったら始めから白い模様にしておけばいいじゃないかと思ったりしますし、そもそも名前にガンモンと付いているだけで、本当は眼紋ではないのかもしれません。
そもそもフシエラガイの天敵は誰なのでしょう。これだけ大型になるまずいウミウシを食べる、目が見える生きもの・・・眼紋に驚くくらいの知能を持っている生き物・・・。むしろそちらが気になります。

いろいろ想像すると興味が尽きませんが、ガンモンフシエラガイ、展示中です。
おそらくかごしま水族館史上最もレアなウミウシとなるでしょう。
私ももう2度と出会えないだろうなと思っております。
錦江湾の豊かさに感謝しないといけませんね。

なお、水槽に入れてからも頻繁に交接を繰り返し、搬入から約3週間後に産卵しました。

白いリボン状の卵塊で、拡大してみるとものすごい量の卵の数です。

小さく見える白い点1個1個が卵1粒

卵の育成もしたいところですが、現在の私の技術ではこのタイプの卵は育成できないと思われますので、ふ化する前に錦江湾へ返すことにしました。
ちなみに水槽壁面からはがすときに残ってしまったカケラを観察すると・・・

卵数でほぼわかるんですが、案の定プランクトン栄養型発生のベリジャーでした。
発生は順調そうです。

どうかたくさんの子孫が錦江湾ですくすくと育ちますように。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。