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Vol.65 ウミウシの奇形と食害

2022.12.24

ウミウシのからだはやわらかい。
そのため採集や飼育時の扱いにも余計な刺激や摩擦を与えないように十分に気をつけないと、突起が脱落したり一部が切れたりといった傷を負ってしまい、繊細な種だと致命傷になってしまうことがあります。

ゆえに私は磯採集を除いてピンセットでつまむということはあまりしません。
自作の太スポイトで水ごと吸って扱います。

飼育下ではなく、自然界のウミウシたちはどうでしょうか。
小さなウミウシの体は波にもまれたり、流されてきた流木や海洋ゴミなどに挟まれたり、カニやフグなどの雑食性の生き物に『味見』されてしまうことだってあります。

海でウミウシを探していると、時折このような不運に遭遇したのではないかと思われる負傷個体を見かけることがあります。

しかし、必ずしもこのような外的要因によるものではないことも考えられます。奇形すなわち生まれつき一部が正常に発達しなかったと思われる状態を見かけることがあるのです。

また、食害を受けた後、再生が異常に行われることによって正常な形を形成できなかったという状態もありえます。トカゲのしっぽなどは異常再生で2本生えてきてしまうこともあるといいますから、再生段階で働く遺伝子等の一部にエラーが起これば現象として起こりうるものと思っていいのだろうと思います。

これらの要因を特定するのはなかなか難しいように思いますが、自然界のウミウシがどうにかしてアクシデントに対応し、それを乗り越えて生き抜いているということに変わりはありません。再生能力の強い動物だからこそこのような異常な形態を持ち合わせることがあるということですが、これが正常な状態ではなく、なんらかのハプニングがあって今があるということを理解しておくことが余計な誤解を生まないためには大切(?)です。

では海で見かける変わったウミウシを少し紹介しましょう。

頭部左側前縁がえぐれたイガグリウミウシ
ぎりぎり左触角が残っているが、根元まで傷ついているためか左触角だけが正常に上を向かない。
傷が明らかに丸いため、魚による食害ではないかと思われる。

同様に頭部前縁が失われたシンデレラウミウシ。
触角がほぼ前縁に位置しており、触角も伸ばしにくそう。

左触角が失われたアオウミウシ。
アオウミウシは触角を丸ごと体内に格納することができるので左だけ出していない可能性もありましたが、数日間観察していても出ていなかったため欠損してしまっているものと思われます。

このような一部欠損個体はそれなりに見られることがあります。
また、飼育下ではフグの仲間キタマクラがフレリトゲアメフラシの突起を片っ端から食べていく様子も観察されていますし、ウミウシ類の柔らかい突起はどこか美味しそうに見えるのかもしれません。
また、イロウミウシ科の場合、外套膜の周縁に外套腺という忌避物質を分泌する組織がありますが、触角や鰓には無いと思われますので、狙われやすいのかもしれません。
イガグリウミウシは思いっきり外套膜でしたが、一部だけで食害が終わっているところを見るとその表れなのかもしれません。

アオウミウシに話を戻します。このアオウミウシ、触角が片方だけになってしまいましたが大丈夫なのでしょうか。
触角にはにおいを感知する働きがあります。
これが二つあるということは、左右で感知したにおい(=化学物質)の量や濃度に左右差が生まれ、においの発信元がどの方向にあるのかを感知することができると推測されます。
触角が片方になった場合、においの方向感覚がわかりにくくなり、餌などを探索するのに支障を来す可能性があります。これでは生きていくのが困難です。
しかしカイメン食のアオウミウシは1~2か月は絶食可能ですから、その間に餌を探し当てることができれば生き残れる可能性はあります。

また、触角は再生されます。

このシンデレラウミウシは右触角を失いましたが、小さな触角が再生されていることがわかります。どのくらいの再生速度を持っているのかは再生に使われるエネルギーが体内にどれくらい残っているかに依存すると思われますが、よくわかっていません。
触角を失う前にある程度十分な餌を食べていれば、その体力を持って再生できるかもしれませんし、餌にありつければより速い再生が可能と思われます。

こちらのボンジイボウミウシも同様です。

しかし触角の再生途中で、上記のように働く遺伝子にエラーが起これば、このような2分岐した触角ができてしまうことも考えられます。(ハスイロウミウシ)

これが再生途中で起こったのか、生まれた時からこのように発達してしまったのかは不明です。

では次のような場合はどうでしょう。

これらは体の後半部分が失われてしまったウミウシたちです。これもおそらく何者かによる食害が原因と私は思っていますが、嚢舌類については首から後がなくなっても餌があれば全身を再生できることが最近の研究でわかっています。首の後ろに、心臓にあたる部分(心嚢域)があるのに、です。

しかし左のムカデミノウミウシの場合はどうでしょうか。
ウミウシの体は頭部から体の前半にほとんどの重要な臓器が集まっていますが、体の後半には消化器官や腎臓、生殖巣などがあります。排泄孔が後半にあるものもいますが、前寄りの体側にあるものもいます。
最低限生きていくには生殖巣は無くても大丈夫と思われますが、消化器系の欠損は生命にかかわるように思えます。
体力が尽きる前にこれらの生命維持装置を再生できるか否かが分かれ目と言うところかもしれません。
また、イロウミウシ科のように鰓が体の後半にあるウミウシについては鰓周辺まで残っていれば生存可能で、鰓より後ろの尾部や外套後縁などは傷ついても生存可能と思われます。

こちらはヒメヤカタガイ。
もはやどうしてこんなことになったのかわかりませんが、貝殻が螺旋状に巻いています。
巻貝の仲間なので巻くのは当たり前のように思うかもしれませんが、本来のヒメヤカタガイはこちら。

貝殻は卵形で、上の写真のように中央でぐるぐると巻きません。
貝殻形成にかかわる遺伝子によるもの・・・・・かもしれませんが、はたして本来つくられる貝がら内部の体の構造はどうなってしまったのか。。。

こちらはゾウゲイロウミウシですが、両触角が1か所から生えて、さらに先端で二つに分かれています。カブトムシや戦隊ものを彷彿とさせるV字形の触角はかっこいいと言えばかっこいいですし、二股になっていることから機能的にもそれほど問題はないように思えます。この個体は根元から異常なので生まれつきこのような形に発達していっているものと思われます。

最後にこちら。シラヒメウミウシ。
シラヒメウミウシの中にはこの個体のように背面に暗褐色の細点が散る個体があって初見だと本当にシラヒメウミウシなのか~?とややこしく感じることがあります。
この個体は一見すると異常はないように思えますが、鰓が2房出ています。
通常シラヒメウミウシの鰓は1房なのですが、この個体はもう1つ。
もし仮にこのウミウシが新種でただの1個体しか見つかっていなかったらこれが正常だと思ってしまいそうな自然さです。こういうことがあるので1個体での新種記載は危険があり、種内変異をカバーできる数が良いとされているんですね。

触角が多いパターンもあります。
左がコノハミドリガイ、右がタテヒダイボウミウシ。
まさに2本尾のトカゲと同じ現象と思われますが、生まれつきなのか異常再生なのかは不明です。

このように体の一部の欠損や奇形、異常再生個体はウミウシでは割とよく見られます。
それでもちゃんと生き抜いているのはウミウシの適応力の高さであり、再生力の高さの証とも言えます。
でも心情としては少し痛々しい。

私の観察では、卵の頃から異常なものというのが存在します。
多くは胚発生が正常に起こらず死んでしまいますが、初産のウミウシはけっこう高い確率で異常卵を産みます。本来1つの卵殻に1つの卵があるはずなのに、2個3個、ときには20個ほど入っていたり、貝殻が正常に形成されなかったり。

ヒラミルミドリガイの異常卵。1つの卵殻の中に10個以上の胚が入っている。

これらの胚発生が万が一うまく進んで成長したウミウシが奇形になるのでしょうか。

これまで繁殖させたウミウシたちの中には今のところ奇形個体は発見されていませんが、どのくらいの割合で起こっているのか、他の生物と比べてその割合は高いのか、気になるところです。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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