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Vol.55 イルカ水路のウミウシ調査

2022.2.20

こちらの写真、今回見るポイントはイルカではなく後ろの石積みです。
かごしま水族館の外にはイルカの展示をおこなう「イルカ水路」と呼ばれる管理海域があります。イルカ水路とは私たちが呼ぶ愛称みたいなもので、知らない人にイルカ水路と言ったところで伝わらないため、一般化して話す際には「屋外水路」などと表現を変えます。

しかし屋外水路と言われても日本ではなかなかピンと来るものでもなく一体何のことやらわからない場合も多いと思われます。(注:そもそも水路は屋内にあるものでもないような気もするので屋外という言葉も不要ではないかとも思ったりしますが、来館者向けにイベント案内など説明する際には「屋外」をつけておかないと館内のどこかにあると思われてしまうことも多いので、結果として屋外水路に落ち着いています。)
実際に見てみれば確かに水路なのですが、川だと思っている方、ため池だと思っている方、運河?だと思っている方、いろいろな感じ方があるようです。

この上空写真は上が東になるので、桜島を上に、鹿児島市の街側を下に見ています。
黄色い丸がイルカ水路。南北全長は275m、水深は最大6m。水温は年間で14~30℃くらい。

各橋の下には仕切りとなる網を張っておりまして、この仕切りを境界として写真左から順に「北エリア」「中央エリア」「南エリア」と便宜的に呼んでいます。
北エリアは水族館のイルカプールと接続しており、イルカがここを通って館内外を行き来します。

さて、そもそもなぜかごしま水族館前にはこんな水路があるのでしょうか。

それはかごしま水族館の立地に関係があります。
ざっくりした説明になりますが、かごしま水族館は鹿児島市本港区の埋立地に建っており、埋め立て前には現在のイルカ水路の護岸(石積み)部分が昔の沖防波堤(波止)だったわけです。

これは明治のころの資料のようですが、この図でも下が陸(鹿児島市)側、上が海を挟んで桜島側になります。
水族館も埋立地もないのでどこがどこかわかりにくいと思いますが、新波止~一丁台場が現在のイルカ水路の護岸の一部です。
この波止などは薩英戦争時に薩摩藩が砲台として改修したもので、歴史資料として重要なためどうにか残そうという考えのもと、姿を変えて現在のイルカ水路の護岸(石積み)になっているというわけでございます(おそらく)。
詳しくはこちらの解説をば。

私は歴史に詳しくないため砲台跡と言われてもあまり良くわからなかったのですが、こんな看板で説明があると納得できます。水族館を見に来られた方々にもこの砲台や歴史について知ってもらうという意味では粋な計らい!と思ってしまいますね。

・・・というわけで、イルカ水路はかごしま水族館が建設されるときに大掛かりな工事をして現在の形になり、存在しています。
これすなわち、およそ25年前につるぴかのさらさらになって1つの海域が誕生したということであり、そこには25年間かけてさまざまな海洋生物が進出・定着してきています。

水中の環境としては、陸から見える砲台跡の石積みが海中にも続き階段状になっています。

石積みを降りきると転石帯がありまして・・・ここにはさまざまな種類のサンゴや海藻が見られます。もちろんこれらの転石は全部火山由来の溶岩(安山岩とかデイサイトというもののようです)でできています。

転石帯が終わると砂泥へと続きます。一部にはアマモがどこからか流れ着いて生えていることがありますが、湾内のアマモは一年性なのであまり大きな群落にならずに消失してしまいます。

イルカ水路は大変若い海域でもあり、海洋生物の遷移を知る上で、イルカ水路の生物相調査は大変面白いものであります。

錦江湾自体が大変閉鎖的な湾であり、湾内にある海水交換率の悪そうな水路なので、もはや超内湾性の生きものしかいないようなものですが、網の隙間からいろいろな生き物が入ってきます。しかも水路内の環境もそれなりに多様(転石帯、砂泥、岸壁、暗渠、干潟に似た環境、藻場、流れ藻など)なため、錦江湾の多様性を感じられます。
魚類だけは昨年魚専門のスタッフがこれまでのデータをまとめて報告しました。水路だけでこれまでに143種が発見されています。全て同時的に出現しているわけではありませんので誤解されないようお願いしますが、これだけ限定された海域でこの種数はなかなか多い方?なのかもしれませんね。
水路の中ではなかったので報告には含めませんでしたが、今までで一番びっくりな珍客はこちらの・・・

サケガシラ。水路の網のすぐ外ですが、冬の時化のあとに泳いで来ました。人生初のサケガシラダイブでした。
サケガシラを含むリュウグウノツカイ類は巨体の割に皮膚が弱く、良い状態で水槽に搬入するのは無理!というくらいの難関です。そのため水槽内で自然な状態で泳ぐ姿すら見られた試しがありません。
水中で見るとタチウオ同様に体表にあるグアニン層が金属光沢を放って美しいのですが、なんといってもこの大きな目が、ぎょろぎょろ動いて辺りを警戒し、壁に当たらないように向きを変えたり、ダイバーから離れたりする様子は大変新鮮でした。気になるのは頻りに向きを変え、体側をダイバーに向けないようにしていること。一説によれば外敵から見える面積を減らすことでステルス効果が生まれるということのようです。本当か否かはわかりませんが、水槽では見られない世界を感じられるのがダイビングの醍醐味だと感じるひと時でした。

話を戻しまして、かごしま水族館のスタッフ有志は業務の傍らこの水路で生物の調査を行っています。
私はメインでウミウシを。それと、勉強のため全生物群の調査も数年間やっていました。

ウミウシは基本普通種ばかりですが、時期によってはそれなりにまとまった数が手に入りますので、数が必要な展示やイベント時においては大変便利です。
水路内ではこれまでに80種以上のウミウシの出現を確認していますが、私のこれまでの調査の中でイルカ水路でしか確認できていないものもいくつかあります。

少し紹介すると。
ウテンミノウミウシ

これは前にも紹介しましたね。マメスナギンチャクに着生・摂餌しますのでその色が背側突起に出ています。美しい。

ハナイロウミウシ

透明感とともに繊細さの伝わる可憐なウミウシです。他海域ではいっこうに見つけられません。

ホシアカリミノウミウシ?

この辺の種は難しいですねえ。このまわりに生えているヒドロ虫の一種を食べているものと思います。

ミサキヒメミノウミウシ?

これも怪しい気もしていますが暫定的に。こちらもヒドロ虫食でしょうねえ。
ヒドロ虫はぜんぜん同定できません私は。

アメフラシ属の一種

このお方は側足をひらひら羽ばたかせて泳ぎます。Gosliner 図鑑のsp.と同じ種と思われます。

後ろ3種は流れ藻とともに採集されまして、流れ藻調査の偶発性を考えるとなかなか入手できないものだろうなと思っています。

あといくつか種が落とせないものがありますが。

基本メンバーはアオウミウシ、シロウミウシ、サラサウミウシ、クロシタナシウミウシ、キヌハダウミウシ、コノハミドリガイ、アズキウミウシ近似種、シラライロウミウシ、シラヒメウミウシ、アマクサウミウシ、ミヤコウミウシ、フレリトゲアメフラシ、アメフラシ、セスジイバラウミウシなどなどThe温帯普通種。
これらが季節消長を繰り返しながら各時期に出現します。
そして数は少ないけれど合間合間でたまに出て来るのがその他大勢です。

内湾性の環境で、近くに河川もあるため栄養供給も豊富です。そのためウミウシの餌となるカイメンなどの付着生物も安定的に増殖しており、飼育にも役立ちます。近年はノウトサカ類らしきソフトコーラルが爆発的に殖え、これを捕食するユビノウハナガサウミウシが発見されました。水路では初めてとなる発見でした。

そのほか、今季はキイボキヌハダウミウシが水路では初めての確認でしたが、当たり年なのか、周辺海域含め4個体が立て続けに来館しています。

コロナの状況によりウミウシ調査は激減しましたが、アクセスしやすい海がこのような形で存在するおかげで、私のウミウシの取り組みは支えられています。
・・・・島津家に感謝ですね。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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