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Vol.35 大きな海の小さなウミウシ

2020.6.27

ウミウシは概して小さな生き物ですが、その中でもとくに小さなものは1cmに満たずとも成熟してしまいます。

小さければエネルギー効率がよく、餌も少量で済みそうなものですが、移動が大変となると良いことばかりではなさそうです。

ウミウシのなかまの1つにウズムシウミウシ類というグループがあります。
属する全種がとにかく小さいというこのグループ。
小さいがゆえにあまり見つかることもなく、グループ全体の種数もあまり多くありません。
実際にはまだまだ多いのかもしれませんが、生息場所も海藻の群落の下とか隙間とか“込み入った”場所が好きなようですので余計に見つかりにくいのでしょう。
案外、海藻を採ってきて陸上でソーティングしている方の方が見つけているウミウシかもしれませんね。

日本で見つかるものはほとんどがクロヒメウミウシ。

体長約4mm!もちろん大人です。
大変シンプルな姿形は一見してウミウシなのかどうなのか判断に迷うかもしれません。

しかし外套膜と腹足があり、この間にくびれがあることで判断できます。
大変わかりにくいですが、体の後方にはエラもちらりと見えています。
頭部から目にかけて黒色が薄くなっている部分があるのもこの種の特徴です。

餌はよくわかっていませんが、藻食性だろうと言われています。
フィールドでも、綿状(毛状?)の藻類に付着しているところで発見されることが多く、これが餌だろうと思われます。

黒い米粒みたいなのがクロヒメウミウシです。約3~5mm。

拡大するとこのような感じ。
この藻類は藍藻なのか。。。専門の方に聞いてみたいところです。

ときに大発生していることもあり、この藻類1塊に約60個体のクロヒメウミウシがいたこともありました。(黒い米粒が全てクロヒメウミウシ)

大変小さく展示するにも水槽に困るので展示で扱ったことはありません。
お客様的には大変レアなウミウシでもあります。

もし展示するとしても顕微鏡越しの展示になってしまいそうです。

しかし、このウミウシ、卵を産ませればどんどん殖やすことのできる可能性の高いウミウシです。
どういうことかというと、発生様式が直達発生!
生まれた卵は浮遊幼生の期間がなく、変態した状態で孵化します。
すぐそばにこの藻類が用意されてさえいればすぐに餌にありつくことができ、成長できるということになります。
ということで大変繁殖の簡単な例と思われ、ウミウシの繁殖を扱うときには大活躍しそうです。

長らくこのクロヒメウミウシばかりしか見つからなかったのですが、昨年見つけることのできたのがマリアナウミウシ。

これも3mmくらいです。
小さくてもこれだけ派手な色があると見つけやすいですね。
小さな黒い点(目)もなかなかチャーミングではないでしょうか。
こちらは残念ながら2個体しか見つかりませんでしたが、県内の海にもいるとわかれば探しやすそうです。

ウズムシウミウシ類以外にも、小さなウミウシはたくさんいます。
お気に入りはオオアリモウミウシ属のなかま。

どちらも5mmくらい。
ころんとした背中の突起と寄り目が人気なウミウシです。
学生時代から扱っていたこともあり、どうしても愛着があります。
浅い海にいることからシュノーケリングなどで探しやすいのも魅力ですね。

ウミウシのなかまの卵は発生様式ごとにある程度大きさが決まっていますが、成体の体のサイズ差は卵のサイズ差の比ではありません。
となると、仮に同じサイズの卵を産もうとすると、どうしたって小さなウミウシが産める数は少なく、大きなウミウシほどたくさんの卵を産めることになります。

そこで小型のウミウシは少し大きめの卵を少量だけ産む『大卵少産型』の戦略を採用していることが多いと言われています。
大きな卵には1つあたりに含まれている栄養分が多く、ふ化前にすでに変態を完了させることが可能です。こうすると死亡率の高い浮遊幼生期間を省くことができ、生存率向上に有利というわけです。
1つの卵塊には数個~十数個の卵しかないこともありますが、確実に子孫を残そうと思えば有効なのでしょう。

(逆に大型のウミウシは数の勝負で、小さな卵をとにかくたくさん産みます。何万という数を卵塊内に収めて産みます。小さな卵には栄養分が少ないので、発生の早い段階で幼生となり、ふ化し、浮遊しながらなるべく早くエサにありつかないと生きていけません。結果として多くが命を落としますが、分母が多ければ多いほど生き残る数も多くなるという計算になります。)

浮遊幼生期間には広範囲へ分布を広げるという狙いもありますので、直達発生の場合、これがなくなるとふ化した場所の周辺だけで生まれ育つことになります。

そこには同じ卵塊から生まれた同胞たちとの生存競争(餌の争奪戦)や近親交配と、遺伝的な多様性の低下により環境が著しく悪化した場合の全滅など、リスクもあります。

それでも短い生存期間に最大限に子孫を残す戦略として代々受け継がれてきたのでしょう。

体が小さければ餌の量も少なく、餌の争奪戦は起こりにくいかもしれない。
体が小さいからちょっとした波でも流されて新天地へと移動しやすいかもしれない。
リスクの中にもそのような希望があります。

小さなウミウシには小さなウミウシなりの戦略があり、そこには1つ1つにドラマがあると思うとなんだか応援したくなりますね。

また、これは小さなウミウシほど繁殖させやすい(繁殖が簡単な直達発生が比較的多い)という傾向でもあります。ウミウシの繁殖技術の確立のためにも小さなウミウシたちには頑張ってもらいたいものです。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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