春の花の開花の知らせが忙しなく飛び込んでくる時期になり、新芽の美しい緑とともに鹿児島でもごく短い春を味わえるようになりました。今は雨続きですが。
この春が訪れる前の、鹿児島では最も水温が下がる時期に、近くの海で展示用の海藻の採集を行っていました。
この時期、海の中はホンダワラ類やアマモが繁茂し、ひとときの森や林ができあがります。
寒い時期は魚の活動が鈍く夏に比べるとあまり姿を見ないようになるためこれら森林はあまり賑やかそうには見えません。しかしじっくりと葉上を観察すると、小さな生き物たちが卵を産んだり子を育てたり餌を食べたり。さまざまな命の営みを目にすることができます。
この場所はあまりウミウシの種数が多くないため私は普段調査はほとんど行いませんが、久しぶりに潜る場所では「どうせなら」という欲が出てしまうので、本業(海藻採集)の傍らでちょこちょこっとウミウシがいないか探索します。
まずいたのがアマクサアメフラシ。

この時期はどこにいっても何らかのアメフラシがいるので、あまりありがたくはないのですがとりあえず1種目。
そして湾内にはどこにでもいるコノハミドリガイ・・・・・2種目。

餌が少ないのか体色が白めです。かわいそうに。
ホソジュズモの茂る海底にはブドウガイ・・・・・3種目。

・・・・・4種目見つからず。
やはりこんなものかとあまり嬉しくない種構成になかばがっかりしつつ、海藻を採り続けていると・・・・
ブドウガイがやたら多い。
ここにもあそこにも・・・・。

いやいや、こんなものではなかった。

これ、ぜんぶブドウガイ。
拡大すると・・・

ええ、ブドウガイですね。殻が白い個体がいるのは傷なのかなんなのか。一定数います。
これだけの密度のウミウシというのはなかなかお目にかかれるものではありません。
100匹とか200匹とかのレベルではありませんよ。この海域で一体何匹いるのやら。
過去にはフレリトゲアメフラシの集団交接を見たことがありましたが。

これはこれで気味が悪いですが。
ブドウガイはこれを抜くほどの圧倒的密度!
あちこちで交接しまくっており、黄色い卵塊もあちこちで見られます。
ブドウガイはTHE普通種で、海藻にくっついて入ってきてしまった個体が水槽内で勝手に繁殖して殖えてしまうような種類です。実際あちこちの水族館で勝手に殖えたブドウガイが水槽のお掃除屋さんとなり果てていることがあるようです。
そう、ブドウガイは直接発生を行う種なので、卵から孵化するとすでに海底生活。幼生の飼育なんて必要なく、着底基質なんて考えなくてもいい。餌も汚れた水槽に生えている藻なんかでも餌にしてしまうので、人間の手を借りることなくまさに「勝手に」殖えてしまうことのできるウミウシ。最も飼育が容易なウミウシとも言えます。

たとえばこんなふうに汚れた水槽に入れておけば水槽内壁の茶色い汚れをがりがり食べるのです。
一方、ブドウガイの発生様式は直接発生だけでなくてちゃんと浮遊幼生が孵化することもあります。発生様式の違いは幼生時代をどのように生き抜くかの戦略の違いと言えます。環境や条件によって発生様式を変え、都合の良いようにコントロールしているようです。
このように複数の発生様式をもつことをペシロゴニー(Poecilogony)と言い、ブドウガイでは以前からよく知られていますが、他のウミウシでもいくつか知られています。
さて、上記の茶色い汚れだけで飼育するのはあまりに不憫な気もするので、やはりちゃんとブドウガイにも栄養のある餌を豊富に食べてもらおうじゃありませんか。
実はこれまで、ブドウガイは(勝手に殖えているので)あえて展示に出すような使い方をしたことはほとんどありませんでした。あえて使うとすればそれはカラスキセワタの餌というかわいそうな使い方でした。
今回はたくさんいるのでちゃんと餌調べておこうと思い、恒例の餌実験を行うことに。
ブドウガイは藻食なので、まずこのブドウガイがいる海域にある海藻を片っ端から試してみました。
マメタワラ→×
アマモ→×
アナアオサ→〇
ボウアオノリ→〇
カゴメノリ→×
カヤモノリ→×
コスジフシツナギ→×
ホソジュズモ→×
ジュズモの一種(ウスイロジュズモ??)→×
オオバロニア→×
スリコギヅタ→×
(海藻ってちゃんと名前がわかるから書きやすくていいですねえ)
割と極端な結果。というかわかりやすい結果でありがたいです。
ブドウガイはアオサ類が好みということですね。
しかし海でブドウガイが集まっているのはアナアオサでもボウアオノリでもなくホソジュズモ上です。どうしてでしょう?ジュズモの表面につく小さな藻類でも食べているのか?砂泥上の藻類なのか?ここはよくわかりませんでしたが、わりとやわらかくてクセのない藻類なら広く食べられるのかもしれません。
ということで、海で海底を覆いつくしているアナアオサが手に入りやすくてベストです。
ブドウガイにはアオサ。下手したら乾燥青さでも食べるかもしれません。

こちらボウアオノリ

こちらアナアオサ
ちなみに食用になっている「青さ」はヒトエグサで、アナアオサよりも薄くて柔らかい種です。
そういえば鹿児島でも生のヒトエグサが出回るようになりました。
ブドウガイの気持ちに・・・・なりたいとは思いませんが、この短い春のうちに青さを堪能したいですねえ。
今回採集したブドウガイはアナアオサを餌として与えているアメフラシ水槽に50個体ほど投入。
アナアオサを食べているブドウガイごとアメフラシが食べてしまうのではないかと冷や冷やしつつ、食べるならそれはそれで見てみたいとも思いつつ・・・・経過観察中です。