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Vol.76 キヌハダモドキの性的共食い観察

2023.11.20

キヌハダモドキはキヌハダウミウシ科に属するウミウシで、同じキヌハダウミウシ属や同種までも食べてしまう種として知られています。 同種食いつまり共食いは生物界でもそこそこ知られていて、カマキリなどが有名なところでしょうが、栄養的な不足が生じると兄弟や親子間でも起こります。 おっそろしい習性ですが、ウミウシ界ではいくつかの肉食性ウミウシで知られていて、キヌハダモドキ以外ではカラスキセワタ、ツノウミフクロウ、ムカデミノウミウシなどで確認しています。 こんなのもう誰も信用できない!と、ウミウシ不信に陥る・・・・かもしれませんね。 しかし共食いというのは全く自分と成分組成の異なる生物を餌とするよりも、分類学的に自分に近い生物を食べた方が栄養変換効率的にはいいんじゃないのという指摘もされていて、確かに納得しやすい説明です。実際にどうかはわかりませんが。 性的共食いは、オスとメスが生殖行動ののちにいずれかを・・・といいますかメスは子孫を産む側になるので基本的にはメスがオスを食べることを言います。食われる側が子孫の栄養源となることで使命を果たすという役割が大きいでしょうか。生殖後に寿命を迎えてしまうのなら、いっそ我が子の栄養に・・・と思えばなるほど合理的です。

キヌハダモドキの性的共食いは日本の研究者によって詳細に観察されていて、よく知られた現象でありつつも、私自身なかなか観察する機会はありませんでした。

キヌハダモドキは潮間帯の転石裏などに比較的よく見られる種ですが、ダイビングだとそこまで頻繁に見かけません。そのため私がキヌハダモドキを入手する機会はあまり多くなく、貴重なキヌハダモドキをキヌハダモドキの餌にするわけには・・・・と思い、より多く手に入るキヌハダウミウシやその卵塊を餌として与えていました。


が。どうしてもキヌハダモドキの性的共食いの様子を観察・撮影する必要性が出てきてしまい、やむなく磯のウミウシハンターへ無理を言って送ってもらったのです。(ご協力感謝です!) それがこちら。

左から大(27㎜)・中(15㎜)・小(7㎜)と大変識別しやすいサイズ差でお送りいただきました。大個体、体内が黒く見えるんですが一体何食べたのでしょうか。クロシタナシウミウシを食べたキヌハダウミウシでも食べたのでしょうか。
特徴である頭部前縁の突起がわかりやすくて助かります。

さて、早速ですが性的共食いをするかどうか試みます。
どうやればよいか、というかウミウシがそうするかどうかはやってみないとわからないので、撮影しやすいように背景を黒にした上で、同じ水槽に入れてみます。
まず大と中を一緒にして、接触させてみると、両者とものけ反って交尾器を伸ばしました。
のけ反る行動は危険を察知しているように見えます。よくミノウミウシ類が刺胞動物の刺胞に触れてのけ反っている様子を見ますが、それに似ています。本能的に同種から捕食されることをよくわかっているのでしょうか。

交尾器は両性生殖器で、伸ばした先端同士を結合させて精子交換を行うものと思われます。
それにしても生殖孔が随分と後方に位置していますね。
ウミウシ類の生殖孔は多くの種において右体側の頭部寄りにあるのですが、この種はむしろ鰓のすぐ斜め右前にあります。どうしてでしょう?性的共食いと関係があるのでしょうか。

この後もいくら接触させてものけ反るばかりでなかなか交尾も捕食も行われないので、大個体の口元に中個体を移動。すると大個体が口を伸ばし捕食行動をとり始めました。

そしてさらに近づけると瞬時に食らいついて飲み込もうとします。

もうなんだか中個体の悲痛な叫びが聞こえてきそうです。
しかしよくよく見ると互いの交尾器が先ほどよりもさらに伸びています。

中個体は体の半分以上が飲み込まれていますが、交尾器だけは外に出した状態を保っています。交尾の執念おそるべし。

中個体は交尾器を振り回して大個体の交尾器を探します。しかし飲み込まれているのでどこにあるのか判断できないように見えます。一方の大個体は確実に中個体の方へ向かって交尾器を伸ばしています。口の先にあるはずなので大個体側は位置が特定できますよね。

しかし中個体が交尾器を振り回すもんだから(?)なかなかお互いの交尾器が出会わない。結果あっちこっちへ伸ばしたり向いたりしています。

これをしばらく続けたのち、ようやく交尾器同士が近づいてきましたが、この時点で中個体の体はほとんど飲み込まれてしまっています。

そして接触したと思った次の瞬間、交尾器同士が巻き付いていきます。先端同士は結合し、ついに交尾に至ります。

しばらくこの状態のままじっとしています。交尾器の中では精子交換が行われているものと思われます。
が、よく考えれば捕食されている中個体はこのあと産卵することはできないので、大個体が中個体に精子を送る意味がありません。おそらく精子交換ではなく、中個体から大個体へのみ精子が送られているのではないかと思われます。

約2分後、絡まった交尾器が解けました。
中個体の本体は見る影もなく、つながったままの交尾器だけが大個体の口から出ています。大変奇妙な図です。

結合している部分も大個体の口に近づいていき、ついに最後まで食べられようとしています。

結合部が食べられたのか食べられていないのか見えなくなりましたが、大個体の口からは交尾器が伸びたままです。
しばらくこの状態が続き、私の方は時間切れとなったので一度この場を離れました。

約50分後に戻ってきてみると・・・

中個体の交尾器との結合が離れ、捕食は完了し、自分の交尾器を収納させようとしている大個体の姿がありました。
これにて性的共食い終了です。生物のこういう行動の観察はおもしろいですね。

おや?捕食前後の写真を並べてみます。

左:捕食前、   右:捕食後
太くなりましたが、内臓の色はほとんど変わらず。黒い部分はなんでしょう?中個体には黒い要素は見えなかったので、全ての個体の内臓が黒いわけではないですし、中個体の色が透けているわけでもない。う~ん解剖しないとわかりませんね。

ちなみに、小個体とも接触させてみたところ、のけ反る行動は見られましたが、小個体からは交尾器の伸長は見られませんでした。体長7㎜程度では性成熟していないものと思われます。

かくしてキヌハダモドキの性的共食いの様子を観察することができました。
中個体にはかわいそうなことをしましたが、ウミウシの生き様をまた一つ記録することができました。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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