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Vol.82 シンデレラウミウシの飼育

2024.5.31

シンデレラウミウシというウミウシがいます。

大変美しいウミウシで、淡い紫色の体色やその可憐さをシンデレラに例えているのではと思いますが、詳しい名前の由来については書かれている資料を探し当てたことがありません。

しかしこの和名のおかげで(?)大変人気なウミウシで、アオウミウシやサビウライロウミウシなどと大して形は変わらなくても、特にかわいいかわいいと言われています。
名前が与える影響の何と大きいことか。
逆に言うと名前に引っ張られやすいということでもあります。もちろん生物としてはシンデレラとは一切関係はありませんので、可能であればちゃんと名前の由来まで知っておく方がよいでしょう。

お察しの通り展示すると人気が出るのですが、この種の飼育はなかなか苦戦していました。例によってなかなか餌が特定できていなかったためです。

本種は黒潮の影響を受ける海域の水深3~20mほどの岩礁域などに生息していますが、条件がよければ大発生し、そこら中シンデレラウミウシだらけということもあります。

これほど多く出現するため、観察頻度はそれなりにあるわけですが、カイメンの上にいたのを見た(摂食している可能性があると思った)のは1度のみで、しかもそのとき摂食していたカイメンは主食ではないのか、飼育下で与えても全く食べませんでした。

大量発生の年にはこの黄色っぽいカイメンも多く見られたが、残念ながら飼育下では食べる様子を確認できなかった

頭を抱えながら数年が経ちました。
そして別の形で偶然餌が判明しました。

同属にゾウゲイロウミウシというウミウシがいます。

産卵中のゾウゲイロウミウシ

シンデレラウミウシとよく似た形ですが、乳白色~象牙色の体で、よりスリムな体形をしています。こちらも大変美しいウミウシです。
ゾウゲイロウミウシも大変出現数の多い種のわりに摂食シーンを見ることが少なく、飼育下ではアオウミウシが食べるツチイロカイメン属の一種を多少食べはするのですが、なかなか安定せず、本来の主食ではないのであろうと思われ、飼育は苦戦していました。

青いツチイロカイメン属の一種を摂食しているが、この餌では長期飼育できなかった。一時的な餌料としては活用できそうです。

ところがあるとき、ゾウゲイロウミウシが付着していた岩上に灰色っぽいカイメンがあったことに気づきました。食べていたのかわからなかったため、このカイメンを採取して傷を治し、ゾウゲイロウミウシへ与えると、すぐに食べ始め、餌であることが判明しました。

このカイメンを顕微鏡で観察すると、骨片をもたず海綿質繊維があり、かつ繊維内(1次繊維・二次繊維とも)に異物が多数見られたことから、ツチイロカイメン属であることがわかりました。

ゾウゲイロウミウシがツチイロカイメン属の一種を食べている様子

ゾウゲイロウミウシが食べていたツチイロカイメン属の一種とその顕微鏡写真

 

様々な給餌実験と飼育観察によって、ツチイロカイメン科は多くのイロウミウシ科の種が好むことの多いグループであると私は考えており、特にアオウミウシ属では好む種が多いように思われます。
そこでこのカイメンをシンデレラウミウシにも与えてみると難なく食べてくれました。

口を伸ばしてツチイロカイメン属の一種を食べるシンデレラウミウシ

といっても上記の通りツチイロカイメン属であれば何でも食べてくれるわけではないのですが、この肌色~白っぽい色のツチイロカイメン属の一種は好きなようで、ゾウゲイロウミウシもシンデレラウミウシも完食しました。
それから不定期にではありますがこのカイメンを探しては補充しつつ飼育を続けました。生憎ながらシンデレラウミウシはこのとき3個体で飼育していたので交尾・産卵も見られており、次第に餌も食べなくなり寿命を迎えてしまいました。
それなりに体サイズも大きい個体だったので、あまり長く飼育できないだろうとは思っていましたが、これまでの飼育記録は上回り、この餌カイメンで問題なく飼育できるであろうと判断しました。

このようにウミウシの餌生物の特定は野外での観察と給餌試験で少しずつ進んでいきます。
これまでに特定できた種はおよそ200種程度かと思います。

鹿児島県産ウミウシはこれまでに650種ほど発見しましたので、まだ3分の1にも達しておりません。
しかし、数をこなすと見えてくる傾向があり、どのような餌が好きなのか、どのくらいの頻度で食べるのか、狭食性なのか広食性なのか、などがわかってきます。

それでも非常に厄介なヒドロ虫食とコケムシ食のウミウシの餌の特定が(私の不勉強もあって)遅々として進みませんが、ヒドロ虫以外の刺胞動物(八放サンゴやイソギンチャク)やカイメン、海藻などは比較的特定しやすくなってきたので、わかるものから整理しています。

自分ではまだまだだと思っていますが、ありがたいことにこれをまとめる機会をいただくことができました。
来月、飼育情報を詰め込んだウミウシの本を出版します。

『ウミウシ生態観察図鑑』(誠文堂新光社)
https://www.seibundo-shinkosha.net/book/science/87218/

詰め込み過ぎてものすっごくマニアックな本になってしまっていますが(需要があるのか謎です・・・)、ウミウシの飼育や観察、繁殖などに興味のある方、ウミウシがどんな生態を持っているのか気になる方には少しはお役に立てるかもしれません。
これまでこのブログで紹介してきたこともたくさん掲載しています!
ウミウシ好きな方は手に取っていただければ幸いです。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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