自粛モードが少しずつ明け、私も長らく中止しておりましたウミウシ相調査を条件付きで再開し、先日、ようやく海で潜る機会を得ました。
ウミウシのハイシーズンである冬~春を逃すという大変痛い年になってしまったわけですが、そんな贅沢は言ってられません。
私の場合、特に海に潜らなくても日常生活には支障はないわけですが、やはり潜ってみると気分が違いました。
自然の風景は陸だろうが海だろうが心が洗われるものですが、なんといってもダイビングは生き物があまり逃げないのが良いところ。
自分が海に生きるものになったような感覚で、すぐ近くでいろいろな生物の自然な行動をじっくりと観察できるというのは本当に素晴らしいことです。

サメハダテナガダコ
夜行性の毒タコ。噛まれると大変痛いようです。調べたいことがあったのですがへっぴり腰で扱いに四苦八苦。ついに逃げられてしまいました。

イバラカンザシ
鹿児島にはかつて有名なイバラカンザシの群生地があり、なんとイバラカンザシからついたとされる地名も残っています。イバラカンザシは大変美しい生き物ですが、一般に知る人は少ないかもしれません。水族館でも展示されていることはあっても飼育しているところは少ないでしょう。ゴカイの仲間ですが、“クリスマスツリーワーム”と呼ぶと少し興味がわくかもしれませんね。
私は水族館の人間ですが、どんなにハイクオリティな展示でも水族館の展示水槽が海に勝ることは絶対にないだろうと思います。そのくらい海で見る本当の自然と、展示水槽の間には大きな違いがあります。
水族館に来ていただけるのはありがたいことですが、水族館の展示のさらに先にある本当の海を実際に見て、触れていただくことこそが水族館の大切な役割でもあると思います。
スキューバダイビングのハードルはずいぶんと下がってきましたが、それでもまだまだ手を出しにくいものでもあると思います。まずは海に興味をもつことが重要でしょうか。水族館が本物の海へとつながる玄関口になれるように、日々頑張っていきたいものです。
さて、今月上旬の豪雨により、鹿児島でも各地で土砂崩れや洪水などが発生しました。海はそれらすべてが濁流となって行きつく終着点となり、県内沿岸の海はどこも大変な濁りが予想されます。
この豪雨の少しあとに調査予定日が当たってしまい、果たして潜ることができるのか。さらにいえばポイントまで行きつくことができるのか。不安を感じながら出発しました。
しかし、現地の状況によっては調査を断念することも考えられました。
幸い当日は雨は降っていませんでした。
ポイントにつくと、一見していつもの海でしたが、近くの山から染み出した雨水がいまだに海へ流れ込んでいました。
う~ん・・・と思いながらもウェットスーツに着替え、準備をします。
おそるおそる波打ち際に立ち、腰の下まで水に浸かったところで足にフィンをつけます。この時点で海底についたフィンが濁りで見えません。
嫌だなぁと思いつつ潜ってみると、表層には雨水の流れ込みで形成される低塩分の層ができています。塩分差がある水同士が混ざるときにはもやのようなものが発生し、先が見えにくくなります。
(これ、シュリーレン現象という・・・らしいです。初めて知りました。)
このもやもやの下の層は茶色い泥水のような濁りで、伸ばした手の先すら見えません。
視界が確保できないダイビングは大変危険です。
これは危ないか・・・と思いつつ、潜りなれた場所で地形を把握していることと、少し深いところに行けば徐々に透明度が増してくるというこれまでの傾向もあり、コンパスを頼りに少し進んでみることにしました。
案の定、少しずつ濁りが緩和されてきましたが、それでもこれまでにないほどの視界の悪さです。
今回はスローペースで進み、あまりあちこち行かないようにしつつ早めに切り上げることにしました。
ウミウシには季節性があり、これからのシーズンは夏に多いウミウシが出てきますが、冬春に比べると種数、個体数ともにぐっと減ります。(鹿児島県本土周辺)
また、大雨の影響で塩分が低くなると場合によっては付着生物が死滅し、それらを餌とするウミウシもいなくなってしまうことも考えられます。
今回の調査は慣れたルートのみを探索し、あまり欲張らずに安全重視で余裕をもって終了しました。
結果、たったの9種類しか発見できず、苦い再スタートとなりました。
海中が暗く懸濁物が多いため写真もあまりうまく撮れませんでしたが、少しだけ紹介しましょう。

ニシドマリハナガサウミウシ
夜行性のウミウシです。
濁りのせいで海中が暗いせいか、ふだんあまり見かけないにもかかわらず複数個体発見しました。ソフトコーラルを食べるウミウシですが、飼育下で与えてもなぜかあまり食べてくれません。まだまだ満足に飼育できないウミウシの1つです。写真の個体は食害にあったのか、背面の突起が不完全です。

クチナシイロウミウシ
普通種ですが、なんだか久しぶりに見た気がします。優しい色合いが素敵ですね。

セリスイロウミウシ
鰓が満足に出ておりませんが・・・。近年クラカトアウミウシが整理されてセリスイロウミウシとクラカトアウミウシに分かれています。これまで私が発見していたのはほぼ全てセリスイロウミウシのようです。
他の海域でも潜る機会がありましたが、軒並透明度は悪く、場所によっては繁殖のために浅場にやってくるアカエイの群れに囲まれ、ただでさえ視界が悪いのに、こちらに気づいて慌てて逃げ去るアカエイが泥煙を上げ、余計に視界が悪くなる、ということを繰り返すこともありました。
アカエイ類は後向きに移動することができる魚なので、いつ毒棘をもつ尾を向けてバックしてくるかヒヤヒヤしっぱなしで、いつも以上に緊張感のあるダイビングでした。

こちらは透明度が比較的良い別の日のアカエイ。
あまり至近距離で出会いたくないお方。
・・・と、海はこのような状況で、しばらく県内沿岸は相応の濁りが続きそうです。
さて、少し話変わりまして。
溜まりに溜まったウミウシの記録整理をしていると、いつのまにか県内のウミウシ記録種数が500種を超えておりました。このブログのVol.8で400種達成を報告したのが2018年の2月ですから、2年かけてようやく100種類ですね。
調査は11年目に入りましたので、この10年間で500種と考えると、わりとコンスタントに年間50種類を見つけていることにもなります。
これも私の調査に協力していただいている皆様のおかげ・・・・ありがたいことです。
調査開始時には、県内の海にウミウシがどのくらい生息しているか、という質問にも満足に答えられず、まぁ少なくとも500種くらいはいるだろうと漠然と思っていました。
ようやくその500種です。証明するのに10年もかかってしまいました。。。地道な調査の積み重ねの重要さを改めて実感します。
一方、市販される図鑑に掲載されている種数はどんどんどんどん増えていき、さらに未掲載の未記載種や不明種も多く見られていることを思うと、まだまだこの数は増えていくことでしょう。
本当にダイバーの力はすごいものです。いつになったら追いつけるのでしょうか。
次なる県内ウミウシ種数調査の目標は・・・1000種?
いや、ひとまず700種くらいにしておきます。5年後に。この先はどんどん頭打ちになっていって、年間50種もつらいことと予想されます。
ライフワークと化したウミウシ相調査ですが、私もいつまで調査を続けることができるかわかりません。どこか切りの良いところで区切りをつけて、ちゃんと学術的な報告にしないと協力してくださっている方に恩返しもできません。
コツコツと地道に進めていこうと思います。
記念すべき500種目は・・・こちら↓(厳密にはぴったり500種目ではないのですが。)

オブラートウミウシ
ザラカイメンの孔の中におりました。今までもザラカイメンはチェックしていたんですが、見つけたのは初めてです。餌もわかってよい記録になりました。

おそらくヒボタンウミウシ
白い帯の色味に個体差があるようで、この個体は大変薄く白い帯がないようにも思えてしまうためちょっと判断に迷いました。特徴的なクレーター突起2つもありますので、暫定的に本種と判断。少なくともチシオウミウシ属の一種でしょう。
今回条件付きで行った調査ですが、この条件を外せる日はいつ来るのか・・・・・。
とにもかくにも安全第一で十二分に気を付けて今後も継続していければと思います。
海も陸も、早く安心して過ごせる日が来るとよいですね。