日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.85イワスナギンチャクとにらめっこ

2024.8.28

毎年のように猛暑と言われている気がしますが、今年はやはり暑いですね。
夕方になれば涼しくなっていたあの時代は、あの気候はどこへ行ったのでしょうか。
人間活動おそるべしですが、逆に言えば人間は気候さえも変えることができるとも言えるのかも・・・・これが良い方向に働けばよいのですが。まだまだ明るい未来は想像できません。。

話を戻しまして、この猛暑のせいで海の中も水温が高く、鹿児島は雨も台風も少なかったこともあり、表層水温が30度を超えることも珍しくありません。
先日トカラ海域へ航海に行った際には沖合ですら表層水は30度を超えていました。
換水率の悪い内湾環境ならまだしも、沖合も水温が高いとなるとあとはもう鉛直方向の撹拌しか期待できません。
例年台風が来ればこういった攪拌も行われますが、次の台風後にはどう変わるでしょうか。

夏のダイビングは涼をとる意味でも気持ちの良いものでしたが、さすがにこれだけ水温が高いとぬるま湯のような海となっており、ダイビングも気持ちの良いものではありません。海中も濁りがひどかったり、暑さにやられているのか生物の姿も例年よりも少なかったりと、あまり楽しめない環境になっていました。

夏は全体的にウミウシが少ない傾向にあります。
もちろん夏に出現のピークを迎えるような種もいますが、全体的な個体数は少なくなります。
そういった状況ではむやみやたらと目につきそうなウミウシを探しても見つかりにくいため、いつもは探さないような場所を集中的に探すのもおすすめです。

黒潮の影響を強く受ける海域の沿岸浅所の岩場には、イワスナギンチャクという刺胞動物が生息しています。

イワスナギンチャク

スナギンチャク類は砂粒を体内に摂り込みながら成長するイソギンチャクのような姿の刺胞動物です。イソギンチャクと違って移動性ではなく、岩の表面などに固着し、多くの場合、群体をつくります。
浅海性の種は褐虫藻を共生させて光合成をおこなう種が多いようです。

今回紹介するイワスナギンチャクの仲間は猛毒とされるパリトキシンを体内にもつため、危険な生物としても知られています。

そんなイワスナギンチャク。これまであまり水族館で展示に用いることがなく、ほとんど扱ったことがありませんでした。

しかし、このイワスナギンチャクに着生するウミウシの存在が半世紀以上前から知られていました。近年は日本でも沖縄などで発見されていましたが、私はこれまで発見したことがありませんでした。
南方種だと思われるため、そもそも鹿児島県本土沿岸にも生息しているのか不明でしたが、高水温帯を苦手としないであろう熱帯地域のウミウシは、高水温期であれば鹿児島県本土でも生息できる可能性があります。発生様式や海流などの条件次第では、はるか南からも幼生が流れてくるかもしれません。

ということで、わずかな望みを抱きつつ、普段はあまり観察することの無いイワスナギンチャクをじーーーーっくり観察して、ウミウシがついていないか探すことにしました。

イワスナギンチャクは夜間に触手をいっぱいに広げている様子が観察されています。

夜の様子

しかし、昼でも多少は触手を広げています。少なくとも、ポリプが完全に閉じ切っていない状態のものが多く見られます。

ポリプが閉じ切っていない様子

しかし、たくさんの群体を観察していると、時にポリプを閉じ切った、あるいはほぼ閉じ切る間際の群体を見かけることがあります。

左:ポリプを閉じ切る間際の群体(*)
右:ポリプを閉じ切った群体(*)

このような群体をじっくり観察していると、群体の茶色に色むらがあることがあります。

この色ムラ、よくよく見てみると、渦巻状の卵塊がついていることに気づきます。この卵塊の存在がわかるようになると、この色ムラはウミウシの食痕だろうと想像がつきます。
そしてこのような場合、この群体上あるいはその周辺のどこかに、卵を産んだウミウシが高確率でいるはずです。
心躍らせながら、よ~~~~~~~~~~~~く目を凝らしながら隅々まで見直していきますが、全く見つかりません。

この写真のどこかにウミウシがいます。実は上の*印の写真2枚にもウミウシが写っています

イワスナギンチャクをこんなにまじまじと見たことはありませんでしたが、初発見のウミウシがいるはずだと思うと何としても探し出さなければここから離れられません。

イワスナギンチャクの表面には砂などのゴミや、スナギンチャクが出していると思われる粘液のコートがあるようでした。これを払いのけてさらに探しますが、やはり見つかりません。

困りはてた末に、質感の違うもの(=ウミウシ)を探す目的で、隅から隅までスポイトで水流を当ててみることにしました。軟らかいウミウシは水流によって体がなびいたり、吹き飛ばされたりと、とにかく水流を当ててみると何かしらの動きがあり、ウミウシを視認できるようになることがあるからです。

シュシュシュッと当て続けていると、そよそよと動きを見せた部分がありました。

いました。お目当てのウミウシ、ランソンミノウミウシです。
ポリプとポリプの間に挟まるようにして、じっとしています。
背側突起は外側へ向けて倒れており、目立ちにくいように寝かせているようにも思えます。
背側突起の向きは、どことなくポリプが閉じた時にできる皺に似せているようにも見えます。

大きさにして10㎜程。色はイワスナギンチャクそっくりのウミウシです。
ようやく見つけた嬉しさと鹿児島にも確かに生息していることを確認した満足感で、ぬるくて気持ちの悪いダイビングでも、一気に楽しくなりました。

実は、このようにイワスナギンチャクに着生・擬態しているウミウシは世界に3種知られています。
そのうちランソンミノウミウシとハリアットミノウミウシが日本にも生息すると言われ、図鑑などでも紹介されています。両種は触角の形状の違いなどが異なりますが、フィールドでこれを見分けるのは至難の業でしょう。私も結局、持ち帰って顕微鏡で観察し、触角が平滑である(=ランソンミノウミウシ)ことを確認しました。

その後、1ダイブ中にあと2個体のランソンミノウミウシを見つけることができました。

この個体は背側突起に対になった黒点が並ぶ点で異なります。これが色彩変異なのか、別種の可能性があるのか、観察個体数を増やして確認していこうと思います。

なお、よく似たハリアットミノウミウシは、鹿児島県本土ではなく種子島で発見することができました。

この写真では全くわかりませんが、顕微鏡で見ると触角形状が異なります。

ランソンミノウミウシを顕微鏡で観察していると、口をイワスナギンチャクに押し付けるような様子が確認できます。そして時折頭を上にそらせます。 どうやら、イワスナギンチャクの組織を削り取るときに、頭を下から上へ動かしており、勢い余って頭を跳ね上げているようなのです。見ているとイワスナギンチャクから何かを引っこ抜いているのではないかと思えるような動きで、なかなか面白い行動です。

イワスナギンチャクの方は、ウミウシからの食害を受けていることになりますので、平常状態とは言えません。おそらく、弱い内部器官を守るための防御反応としてポリプを閉じている群体が多い、ということなのかもしれません。
このような現象はウテンミノウミウシに食害を受けているキクマメスナギンチャクや、センジュミノウミウシに食害を受けているムラサキハナギンチャクでも見られます。
つまり、多くの刺胞動物はウミウシの食害を受けている≒ウミウシが着生している場合、ポリプを閉じていることが多いのです。

こうしたことを知っておくと、ウミウシがもっと探しやすくなります。

それにしても、こんなに予想通りに見つかるのであれば、イワスナギンチャクに着生するウミウシは意外と広く分布しているのではないだろうかという気がしてきました。
今後、県外でも観察数を増やして生息状況を調べてみたいと思います。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。