
ハウチワ類を食べるオオアリモウミウシ類の調査を続けている中で、テングモウミウシやクサイロモウミウシなどよく見つかる種とともに、見慣れない黒い種が見つかりました。
それがチビクロモウミウシです。
フィールドでは数個体しか発見されなかったのですが、ハウチワを採取して水槽で育成していると、ハウチワがあっという間に衰退し、出るわ出るわ無数の黒い点=チビクロモウミウシ。おそらく幼体がたくさん付着していて、それがハウチワを食べて成長し、目に見える大きさになったものと思われます。
その後、ハウチワの育成を続けながらチビクロモウミウシを育てていると、たくさんの卵塊を産み始めました。

卵数は数十粒と少な目。
親個体は体長3mm程度で産卵していて、それ以上大きい個体もあまりいないため、成長してもこれくらいのサイズ感の小型種なのだと思います。
ハウチワとオオアリモウミウシ類の調査を続けている中で、チビクロモウミウシはこれまで見かけたことのない種でした。それが突如数十個体が湧いて出たので驚きです。
これはハウチワ類の調査としては初めて訪れた調査地だったこともありますが、このウミウシの分散能力の低さも関係するかもしれません。
このような事例はセンジュミノウミウシでも見られます。ある場所には高密度にいるのに、違う場所には全くいないのです。
これまで発見に至らなかったのは、分散能力の低さゆえに限られた場所にしか生息していないということも原因の1つかもしれません。そして分散能力の違いは胚の発生様式の違いとして現れます。チビクロモウミウシは直接発生または卵栄養型発生である可能性が出てきました。
経験上、このいずれかの発生様式をもつ場合、飼育下繁殖が容易かもしれませんので、その前提で観察を続けることにしました。 状況から幼生はハウチワ上で変態する可能性が高いと考えられます。
同じ場所からとってきたハウチワを餌にすると、コンタミが疑われるため、別の海域からとってきて長く育成している(ウミウシが付着していない)ハウチワ類を着底基質として準備した上で卵塊の観察を始めます。
卵塊の発見時にはすでに水槽内にたくさんの卵塊が産み付けられていて、どれがいつ産み出されたものか判断できませんでした。卵塊を傷つけないように剥離して顕微鏡で観察しても1細胞期のものは発見できず、すでに数日経過したものもあるようでした。

顕微鏡下で観察した卵塊。黄色い部分は卵殻外卵黄と呼ばれ、胚の栄養になります。
発見の遅れから、孵化までの日数は今のところ特定できていませんが、2週間前後のようです(水温によって変わると思われます)。その後も順調に発生は進み、ある日観察した時にはすでに孵化し、幼生は着底してハウチワ上を歩き回っていました。
中には貝殻を脱いですでに変態しており、背側突起が1対だけ生えた幼体の姿になっているものも。変態のタイミングは個体によってばらつきがありましたが、白色だった体色はハウチワを摂食して緑色に変わっていき、背側突起の数も1対ずつ増えていきました。

右が摂食前の個体。左が摂食後の個体。

光学顕微鏡での観察。黒い点は目です。
体長1mmを超えるころには背側突起も充実してきました。


まだ黒い色素は少ないですが、あと少しで親と変わりない姿になりそうです。
このまま成長し、産卵するようになれば繁殖成功です。
餌さえあれば非常に繁殖が容易で、1サイクルもかなり短そうです。
さて、観察しているときに気づいたのが、この種の食べ方の違いです。
同じようにハウチワを食べるテングモウミウシやクサイロモウミウシなどはハウチワを食べつくすようなことはそうそうなく、根元が好きな傾向は種によってあるものの基本的には葉の表面にいて、飼育していても、いつまでたってもハウチワが形を保っています。一方、チビクロモウミウシは葉の裏側にいることが多く、食べ進めていくと葉の内側に潜り込み、内側から食べつくしていくようです。

葉の内部に潜り込んでいるチビクロモウミウシ。背側突起だけが少し見えている。
そのため藻体はどんどん崩壊していき、最終的には跡形もなくなります。
このような摂餌生態を持っているとフィールドでは発見されにくくなり、その生態や生息状況の情報の蓄積がなかなか進まないかもしれません。
ハウチワ類のうち、テングノハウチワやコテングノハウチワは絶滅危惧種に指定されている希少な海藻です。このような海藻を食べつくしてしまう可能性のあるチビクロモウミウシはテングノハウチワやコテングノハウチワにとって脅威となってしまいそうです。とはいえ、チビクロモウミウシ自身も分散能力が低いために、ある海域の食藻が消失すればともに生息場所を失い、その個体群は消滅してしまうかもしれません。
自然界では絶妙なバランスの上で両者の関係が保たれているのだなと感じます。このバランスを崩さないよう環境そのものを守っていくことが大切だと思います。




