日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.103ミドリアマモウミウシの巨大化

2026.2.26

冬の時期は昼の潮が高く、夜に引くようになるため、昼にできる陸上調査は限られてきます。こんな時には港やヨットハーバーなどの浮き桟橋に行くと、どんな潮位でも調査ができておすすめです(ただし関係各所へ許可を取りましょう)。

ある桟橋で調査を行っていると、海中にあるロープや桟橋の壁面にハネモの仲間が生えていました。目を凝らして探してみると、ミドリアマモウミウシがついています。
これを採取してみると、かなりの大型サイズです。

体長27㎜。

ミドリアマモウミウシを知ってる人からすると、せいぜい10㎜程度の比較的小型の種のイメージがあるかもしれません。
この種はミル類とハネモ類を摂食し、食べる海藻種によって成長具合が異なるのです。
もちろん条件によって変化するので一概には言えませんが、先行研究ではミドリアマモウミウシ(現在では別種の近縁種を含む)で複数の摂餌実験例があります。

ミル類もハネモ類も単細胞藻類ですが、ミル類は多核嚢状体と呼ばれる形状を呈しており、表面にある多数の小嚢が、中心の管とつながった構造をしています。一方のハネモは長~い管状の細胞が途中で分岐して羽状の形態を為しています。
ここで、ハネモ類の細胞壁はキシラン、ミル類の細胞壁はマンナンが主成分となっていて、キシランよりもマンナンの方が丈夫です。さらにミルの小嚢一つ一つが小さく、ハネモ類はそもそも区切りがない構造となっています。

ミル

ハネモ

ミドリアマモウミウシは、ミルを食べるときには小嚢1つ1つにいちいち穴をあけて内部を吸い出さねばならないためコスパが悪く、ハネモを食べるときには1か所に穴をあけるとかなりの量の内容物を吸い取ることができるので大変コスパが良いのが特徴です。

そのため、1度に開ける穴に対する見返りがハネモの方が断然多く、よって早く成長するということが考えられます。

ならばハネモばかり食べればよいだろうと思うかもしれません。もちろんハネモが豊富ならばハネモを食べればよいわけですが、浮遊幼生期に漂って移動した先に運よくハネモがあるかどうかはまた別の話なのです。

地域にもよりますが、例えば鹿児島の場合、ハネモ類は冬が最盛期ですが、夏には見かけません。
一方、ミル類は夏の方がよく見かけます。
ミドリアマモウミウシは大変寿命の短い種、すなわち、一年間で何度も世代を代えていく種です。
つまり、ハネモがある時期にはハネモに付着して成長し、ハネモがない時期にはミルに付着して成長する、というサイクルが想像されます。

したがって、この時期にハネモに付着してしっかり育ったミドリアマモウミウシは大型なものが見つかるということになります。
数多く見つけるなら夏ですが、大型個体は冬の方がよさそうです。と言っても鹿児島ではもっぱら冬ばかり見つかるわけですが。

ミルを摂食中のミドリアマモウミウシ

ハネモを摂食中のミドリアマモウミウシ

さて、ここで先行研究におけるある地域のある個体群ではハネモ上では群れを作らず、ミル上では群れを作るらしいのです。(これはミドリアマモウミウシの近縁種で別種と考えられる)
そしてミル上で群れている個体は、群れない個体よりも成長が速いことがわかっています。普通に考えれば競合が起こりそうなものですが、さらに観察してみると、群れの中の大型個体は成長が鈍化し、小型個体は成長が促進されるようなのです。
これは、先んじて来遊した個体が藻体に穴をあけ、食べやすい状態になったところに、後着個体が食べにくるためだと考えられています。やはり穴をあけることの労力に対する見返りの多さが成長に大きくかかわっていることを示しています。

日本ではこのハネモとミルの多様性が高く、実に様々な種にミドリアマモウミウシが付着しますが、ゆえにできるだけ『楽な』海藻で成長した方がよさそうです。ここで、いくつかの嚢舌類で行われている実験では、例えばハネモ食者へミルを与える、ミル食者へハネモを与えるといった、食藻の変化への適応力を見ています。この結果は、楽になる方向へは比較的適応しやすいのですが、全体的には適応できずに死んでしまうことも多いようです。
これは先に述べた細胞壁の成分の違いすなわち厚さや硬さの違いにより、現在使用している歯が適応できないということが大きな理由のようです。大きな細胞を切り裂くようにして開ける歯と、小さな細胞に小さな穴を突き刺して開ける歯は形状が違うのです。これらは歯の大きさ自体や数にも違いが現れます。
とはいっても、種あるいは個体レベルでは少しずつ適応することも(少ないながらに)あるようで、その場合は少しずつ歯の形状が変化していくようです。
そもそもウミウシの歯は種の同定形質として重要視されるものですが、このように嚢舌類においては生存のために食藻を切り替える必要があり、その過程で形状が変わっていくあるいはもともと食していたホスト海藻によって歯の形状が異なるという特性があることがわかっており、歯舌形状の違いによって種を分けることは適切ではないということの裏付けでもあります。
さらに海藻も種ごとに異なる忌避物質を有しており、これらに対する耐性の有無も一つの要因ではないかと考えられます。
食べ物を変えるのは容易なことではないということですが、これは何も嚢舌類だけではないのではないかと感じます。他のウミウシではどうなのでしょうか。これも調べてみる価値がありそうです。

ちなみに、日本産ミル食ミドリアマモウミウシには隠蔽種と見られるタイプが知られています。

背側突起の白斑や触角の色を見ると識別しやすいですね。

 

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。