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Vol.86 モンジャウミウシの長期飼育に挑戦中

2024.10.2

今年の夏は人間はもちろん、海の生き物にとっても過酷な環境だったと思います。
鹿児島では現在進行形でサンゴの白化が進んでおりますが、今年は超大規模。白化していない海域があるのかと思うくらい、あっちでもこっちでも白化。岸から海の中を見下ろすだけでも白いサンゴの存在がすぐにわかります。私が鹿児島に来て以来、最大規模ではないかと思っています。白化しやすいミドリイシ類やショウガサンゴ以外にも、シコロサンゴやハマサンゴ、コモンサンゴ、アナサンゴモドキなど様々な種で白化が見られます。

岩肌が白く見えているのは被覆性のコモンサンゴ類など。@種子島

中には藻が生え始めていたりすでに付着物に覆われているサンゴもあるので、ダメージは相当なもので、白化だけで留まらず死滅する群体も増えていくかもしれません。

水温も30度を超えている海域が多くあり、かなり長く続いてしまいました。

磯のウミウシ観察会をしている身としましては、潮間帯のウミウシが夏の到来とともに姿を消していっていることをよくよく実感できました。
タイドプールの水温が35℃超えてましたからね。。。もはやお湯です。
しかもこれが、満潮時に沖側の水と混じっても大して下がらないものだから、潮が変わっても熱いまま。夜になっても熱いまま。。。
潮間帯の生きものはそのような過酷な環境に適応しているとは聞くものの、あくまで一時的な耐性があるということだと私は思っています。
移動能力の低いウミウシが、寿命の短いウミウシが、この過酷な環境に継続して晒され続けた場合に、乗り越えられるものなのかは疑問です。
いや、疑問というよりも、調査時の発見数がそのまま教えてくれています。
猛暑下ではウミウシを見つけるのがいつも以上に難しい。(しかも人間側の体力がもたない)

しかし、必ずしも【見つからない=いない】、というわけではありません。
中には砂に潜ったり、深場に移動したりして熱さを耐え抜いたウミウシもいるのだろうと思います。
実際そのようにして灼熱のタイドプールの砂中からミスガイを発見したこともあります(ほぼ瀕死の状態でしたが)。

では潮下帯に目をやるとウミウシが多いかというと、やはりそうでもありません。
潮下帯と言ってもかなり広いですが、一般的にダイビングを行う水深20m程度までに限って述べると、夏は潮下帯もウミウシが少なく、急激な水温上昇の影響を受けにくい水深帯では陰になっている岩肌などにちらほら見られる程度でした。

ウミウシは餌が限られているので、同じように過酷な環境で餌生物も生存できなければウミウシも生き抜くことができず共倒れになってしまいます。

ウミウシに限らず、底生生物の多くがこういった猛暑の影響で姿を消していっているのかもしれません。
今年はこのような海が鹿児島では見られていました。他県ではどうだったでしょうか。


さて、話を変えて今回は最近水槽から私を支えてくれているモンジャウミウシ。
今年はモンジャウミウシの飼育が大変うまくいっています。

モンジャウミウシ、またの名をチャイロウミウシ。
ここではよく通っているモンジャウミウシの名を使っておきます。

モンジャウミウシは海中で見かけると地味な色合いですが、外套膜縁の青と黄色のラインが特徴的です。青と黄色は補色に近いのでこの2色は人間の目からはそれなりに際立って見えます。

潮通しの良い岩礁域などに生息していますが、あまり頻繁に見かける種類ではありません。
むしろ、餌とするカイメンの方がよく見かけます。
モンジャウミウシの餌はツチイロカイメン属の一種。↓これです

黒い塊状のカイメンで、大きなものでは30㎝以上のものも見たことがあります。
宮崎県日南海岸~鹿児島県本土南岸~種子島では普通種ですので、他の黒潮の影響を受ける海域でも見られるかもしれません。少し前まではアオウミウシが食べるカイメンが最も入手しやすかったのですが、最近めっきり減ってしまい、近頃はこのカイメンが(私にとっては)最も見つけやすく入手しやすく維持管理しやすいカイメンとなっています。

カイメンは種の特定が難しいものが多いですが、このカイメンは表面に複雑な網目模様が入っているため、比較的容易に識別することができます。
また、ツチイロカイメンの仲間は骨片が無いため、触っても骨片が刺さるようなことがありません。岩肌等に付着していますが、手で剥がすことができるくらいの強さでくっついていますので、なるべく傷つけないように端から引き剥がすと採取可能です。

あとは強い水流に当て続けて傷口を治し、餌として用います。

モンジャウミウシの飼育には、経験上、このカイメン単一の餌で長期飼育が可能です。
エサとして与えていくと、モンジャウミウシはカイメンの表面から削り取って食べていくので、カイメンの表面が次第にボロボロになっていき、軟らかい繊維が露出するようになります。
こうなってくるとウミウシも食べにくくなってきます。
繊維の中には砂粒などカイメンが体外から摂り込んだ異物が多数含まれており、ウミウシはこれをほとんど食べないようにしているようです。
したがって露出した繊維はウミウシの摂食の弊害となるだけですので、適宜ハサミなどでトリミングしてあげます。

水槽から取り出して小さなケースに入れましょう。摂食が進んでいるので、この時点ですでに同じカイメンには見えませんね。

表面に飛び出している繊維部分をハサミでカットしていく。短時間であれば水からあげていても問題ありません。また、カイメンの可食部分を誤って傷つけてしまっても少しであれば再生するので慎重になりすぎずバサバサ切ってしまいましょう。(ハサミがめっちゃ錆びとる・・・汗)

そうして再びウミウシの水槽に戻すと、ウミウシは待ってましたと言わんばかりに食べ始めます。

カイメンが小さくなると可食部分が少なくなってきますので、ウミウシは口を伸ばしても伸ばしても摂食できずストレスであろうと予想されます。
早めに新しいカイメンと交換するのが良いでしょう。
ちなみに、摂食が進むにつれて、カイメンの表面にあった網目模様はなくなってきます。
また、フィールドでは網目模様の目立たない個体や海藻などの付着物が多い個体もあるので、このカイメンを見分けるのにも若干の慣れが必要かもしれません。

網目模様の目立たない餌カイメン

このようにして、ウミウシよりも餌となるカイメンに手をかけてあげることでモンジャウミウシの飼育が安定します。

昨年10月は珍しく一度に3個体のモンジャウミウシを発見することができました。それから飼育し、そろそろ一年。
忙しくてあまり手をかけられなかった時にもマイペースに餌を食べ続けてくれました。
その時点でも相当成長した個体だったので、かなり長生きしていると思われますが、モンジャウミウシが少なくとも1年以上生きることは確定しました。
長生きなウミウシもそれなりにいるということがわかってきて、それがイロウミウシ科にいるということも嬉しい発見ですね。

この先どのくらい生きてくれるのか、楽しみにしながら飼育を続けたいと思います。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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