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Vol.5 ヒトエガイの長期飼育へ向けて

2017.12.3

ヒトエガイ Umbraculum umbraculum

 ヒトエガイはオレンジ色のからだに白い突起を散りばめ、傘のような形の貝殻を被っている、非常に特徴的なウミウシのなかまです。
 小さな種が多いウミウシの中で、ヒトエガイは体長20cm程度になるやや大型のウミウシです。しかしその体の大きさとは裏腹に、頻繁に見つかることはなく、珍しい部類に入るウミウシと言えます(このような言い方をすると該当するウミウシはたくさんいることになってしまいますが・・・)。

 ヒトエガイはさまざまな種類のカイメンを摂餌する、とされています。しかし具体的な餌の種類が記載されていないため、いったいどのカイメンなら食べるのかわからないままでした。私が今までに扱ったヒトエガイにも、与えたカイメンを食べてくれるものはいませんでした。食べないままでも排泄量は多く、飼育中はずっと橙色の糞を出していたため、海では橙色かそれに近い色のカイメンを食べていたのではないかと推測していました。

 しばらくヒトエガイの入手ができずにいましたが、今夏に運よく採集することができました。早速うみうし研究所の環境水槽に搬入し、いくつかのカイメンが水槽内にある中で、餌となるカイメンがいるかどうか、その動向を観察していました。しかし搬入直後から砂に潜り、しばらく砂から出てこない状況が続きました。

 フィールドでヒトエガイを見かけることは稀ですが、数少ない私の観察例では、潮間帯~水深20m程度までの間の、転石帯や岩場、岸壁等で見つかっています。転石の間の砂泥底に潜っている姿を見ることもありますし、これまでの飼育例でも必ず水槽内の底砂に潜る、という行動が観察されることから、ふだんは砂に潜って隠れていることが伺えます。おそらく餌を求めて砂から出てくるのでしょう。

 きっと空腹になれば砂から出てくるはず、と思い観察を続けたところ、ある日砂から出て水槽内を這っている姿を確認できました。その後、水槽内のあちこちを探索し終わったか否か、というくらいのところで、ユズダマカイメンに接したまま動かなくなっていることに気づきました。

 よくよく見ると、少しずつユズダマカイメンに覆いかぶさっていきます。そしてその後、傘状の貝殻の後ろから棒状の立派な糞が出るわ出るわ。ふつうウミウシの糞は若干の粘性はあるものの多くが水に流されてほとんど残りません。しかしヒトエガイの糞はアメフラシにも勝るほどの丈夫な糞でした。

ヒトエガイのフン

 しばらくそこに居座ったヒトエガイが動き出したのは2日後でした。去った後にはユズダマカイメンの中心部分がごっそり無くなった残骸が転がっていました。

 ユズダマカイメンは潮間帯などにも普通に存在する球状のカイメンで、薄い赤色~橙色をしています。私はこのカイメンにウミウシが付着しているところを一度たりとも見たことがなかったので、まさか食べるウミウシがいるとは思わず、水槽内には飼育維持や入手の簡単さゆえに入れていたカイメンでした。予想外の餌に驚きましたが、万が一の可能性にも掛けてみるものです。その後も水槽内のユズダマカイメンに突進しては排泄を繰り返すヒトエガイを見て、ユズダマカイメンはちょっとした“味見”で食べたものではなく、ヒトエガイの重要な餌だと判断できました。

 ユズダマカイメンの採集は簡単で、当館前のイルカ水路の岸壁や転石上にたくさん見つかります。基部からやさしくはがし、水槽に入れて適度な水流を当てていると岩などに活着し、その後小さなカイメンを周りに放出します。色もきれいでころんとしたかわいらしいカイメンと言える(?)ので、カイメン類の飼育の中では初心者向けかなと思います。

その後採集と給餌を繰り返し、3か月が経過しました。水槽内ではユズダマカイメンしか食べてくれませんが、この餌で長期飼育記録を樹立できるでしょうか。

ヒトエガイの生態はよくわかっていません。長期飼育によって摂餌生態、繁殖生態、寿命などがわかればおもしろいですね。今後の観察が楽しみです。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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