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Vol.30 深海のウミウシ

2020.1.26

近年、あちこちの水族館で深海生物が展示されるようになってきましたが、ウミウシの深海種、というのはまず見たことのない方がほとんどかと思います。
深海生物の入手の多くは入手先の近海で行われる深海漁によって混獲されたものがほとんどでしょう。
園館によっては研究機関と共同で特殊な採集機器を用いることもありますが、どんな水族館でも取り組みやすいのは深海漁、もしくは釣りです。

日本近海で行われる代表的な深海漁には底曳網漁、かご漁、延縄漁などがあります。
底曳網漁は底生生物を丸ごとさらっていくため、さまざまな種類の生物が入手しやすい漁です。しかし、網の中でおしくらまんじゅう状態になり、甲殻類のような丈夫な生き物でなければ大変傷つきやすい漁でもあります。

かご漁はそれにくらべ傷つきにくく、展示にこぎつけやすいと言えます。魚から無脊椎動物までさまざまな生物が入りますが、基本的には自ずからかごの中に入っていかないといけないため、“活動的な”生物しか捕獲できません。

延縄漁は釣りと同じと考えていただくとよいでしょう。最も傷つきにくい採集方法と言えますが、基本は魚がターゲットとなり、無脊椎動物を狙うのは難しい漁です(たまにヤドカリとかシャコとかかかることがあるようですが)。

さて、では深海性ウミウシを入手するにはどうすればよいのでしょうか。
以前、プランクトンネットを用いた採集を紹介しましたが、あれは浮遊性のウミウシのみ。特殊と言えば特殊です。

上記3つの入手方法の中では底曳網漁がもっとも確率が高いと思われます。
しかし貝殻をもたず脆弱な軟体部だけで体を守らなくてはならないウミウシにとって、底曳網の中はまさに地獄絵図。生きた状態で入手するのは大変難しくもあります。

研究機関の調査によって、深海の映像や写真が撮影され、一般に公開されてもいます。浅海既知種に比べるとまだまだ少ないものの、日本近海にもさまざまな深海性ウミウシ類が生息することがわかっています。

中でもシンカイウミウシ類と呼ばれるグループは極めて希少で、発見することすら困難です。
日本近海からは近年ヤマトシンカイウミウシというウミウシが報告されています。
他にもいくつかの深海種が確認されています。

私も県内周辺の深海関係の漁業者に頼み込んで『ウミウシいませんか、(画像を見せて)こんなへんてこりんなぶにぶに網に入りませんか』などと聞き込みを続けたり、混獲物を分けてもらって片っ端から調べたりしました。
そもそもウミウシの存在を知らない方の方が多いため、どんな生きものかという説明が必要で、ウミウシを発見するのは予想以上に困難でした。

結果、県内周辺ではウミウシはほとんど見つからず、運良く網に入っても浅海にもいる種であることばかりでした。
底曳網漁は砂地で網を曳く漁です。したがって、砂地に生息する生き物しか混獲されないということになります。
鹿児島近海には砂地に生息する深海種はよっぽど少ないのかと思って諦めかけていました。

ところが昨年末、ついにそのときはやってきました。
いつものように水族館の展示用に確保していただいた生き物たちの写真を送ってきてくださるなじみの漁師さん。その写真に、なにか見慣れないものが写っています。

いろいろな生き物とともに紛れているモノ。
イソギンチャクの足盤か?
とも思いましたが、腹足らしきものがあり、貝殻がない、という点でウミウシであることが濃厚になります。
おまけにけっこう大きい。

心躍らせながら港に到着。
さっそく水槽の中を覗き込んでみると、初めて見るウミウシがそこにいました。

背面には2次鰓がなく平滑、触角は収納されない、口幕がある。
体側を見ると鰓があるので側鰓類であることがわかります。
側鰓類はウミフクロウのなかまとカメノコフシエラガイのなかまがおりますが、頭部と背面が連続していますし触角が体側面寄りに位置しているのでウミフクロウのなかまでしょう。
・・・というかもう見たまんまウミフクロウですね。
背面の色は剥げたように見えますが、ベロっとめくれているような感じも体表がボロボロという感じもしないので、もともとこのような色彩だと思われます。
特徴はこれでもかというほど大きな生殖孔と鰓。

ウミフクロウ類は基本的に大きいのですが、これほど大きいのは特徴的。
そして口には薄紫色っぽい“口紅”が見えます。

調べてみると、おそらくこのウミウシはカンテンウミフクロウ。
1987年に報告された深海性のウミフクロウです。日本近海ではあまり珍しくなく、あちこちいるようです。
今回は若干衰弱気味で元気がなく、展示には至りませんでした。
しかし実はこの数日後にも2個体混獲されたのです。
が、これも一緒に捕獲されたオオグソクムシにより食害を受け、かわいそうなことになってしまいました。

捕獲していただいた漁師さんに詳しく聞いてみると、このカンテンウミフクロウは何度か見たことがあるとのこと。
鹿児島でも珍しいものではなかったようです。
しかしこれをウミウシと判断できる漁業者はまぁ少ないでしょう。仕方ありません。
今後、状態の良い個体が入手できれば展示したいと思います。

注意:浅海種に比べれば毒化の可能性は低いかもしれませんが、一応ウミフクロウの仲間なので間違っても口にしないでください。

さて、最初の写真には矢印が2つついていました。実はもう1種類、ウミウシらしきものが捕獲されていました。これは漁師さんも初めて見たとのこと。

これはいかにもウミウシ型。
地味でわかりにくい種類ですが、
格納式の触角があり、背面には2次鰓があります。裸鰓類です。
背面が突起で覆われており、ざらざらしています。
これはツヅレウミウシ科やドーリス科に見られる特徴です。
まだ調査中なのでこれ以上はなんとも。

今回は2種類が発見されましたが、同様の水深帯では今年もう1種類見つかっています。

キセワタガイのなかまです。すでに死んでしまっていました。やはり底曳網はつらい。

キセワタガイのなかまはかなり細かく分かれており、解剖しないと判断できません。これも同定は慎重に。まだ手が付けられておりませんので未同定です。

ある研究機関の調査ではほかにもいくつかの深海種が鹿児島県下海域から発見されています。
深海漁はエビやカニなど基本的にターゲットとする水産有用種がいます。
したがってそれらが多い海域、水深帯で最適な漁を行いますので、その海域・環境に生息するウミウシなら捕獲される可能性があり、いないウミウシなら捕獲される可能性は極めて低いのです。

研究機関はこうした漁場とはならない海域の調査を行うこともあります。そのような場所では初めて見つかるウミウシもたくさん出てくるのでしょう。

今後もさらなる調査が進むことを期待しましょう。

・・・私は地道にできる範囲で調査を続けます。

著者プロフィール

西田 和記(にしだ・かずき)

1987年、愛媛県生まれ。
2010年 鹿児島市水族館公社(いおワールドかごしま水族館)入社。
深海生物、サンゴ、ウミヘビ、クラゲなどを担当する傍ら、ウミウシの飼育・展示・調査に勤しむ。ウミウシ類の飼育技術の確立が目標。

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