日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol. 25 動物園が動物園であるために PART 2

2014.9.16

【種保全と動物飼育】
 動物園における域外保全(ex situ Conservation)では、限られた頭数の飼育下個体を対象として遺伝的多様性を長期的に維持するための個体群管理が求められます。すなわち、遺伝学的小個体群管理(genetic management of small animal populations)の手法によるもので、その管理方法では近親交配が避けられるのが通常です。しかし、すべての動物園動物に対してこの管理方法を適用した場合、おそらく10年程度で繁殖計画は行き詰まってしまうはずです。なぜなら、近親交配を避けながら繁殖を試みるペア数は、ほとんどの飼育下の種で確保されていませんし、その多数のペアを飼育できるほどのスペースも、ほとんどの動物園にはないからです。
 少し古い資料ですが、希少哺乳類274種のうち26種しか自立個体群として国内外の動物園で維持できないという時期もありました(Ralls & Ballou, 1983)。保全すべき希少種の数が増えた分、全飼育個体数の約10%というその割合は、現在も大きく変わっていない、いやもっと低くなっているのではないかと推察します。
 動物園間での動物交換による種保全については、前回の記事で述べたとおりですが、それは理想的なシステムであって実際には完璧に機能していないのが残念な現状です。しかしながら、日本でもようやく地域的動物収集計画(Regional Collection Planning)が始まり、保全すべき優占種の選定とそのための計画的繁殖を進めることができるようになってきました。今後に期待したいところです。

【インセストタブー】
 近親交配に関しては、人間的な感情や感覚からタブー視される傾向が少なからず認められます。つまり人間における近親相姦の禁忌(インセストタブー)を動物に安易に当てはめる傾向です。しかし、人間の倫理観を動物に求めるのは、当たり前ですが間違っています。十分な個体数が存在しない場合、親子や兄妹関係の個体しか飼育されていない場合、インセストタブーを意識し過ぎると、種そのものが動物園から失われてしまう恐れがあります。
 動物園における近親交配の影響が本格的に議論されるようになったのは、1970年代から1980年代にかけてです。その当時、Katherine RallsやJonathan Ballouが出版した論文が動物園界に与えたインパクトは大きかったと思います(e. g. Ralls et al., 1988)。とくに彼らが有蹄類の近親交配仔に認めた死亡率の高さは衝撃的でした。そしてO’Brienの主にネコ科動物を対象とした分子生物学的研究の成果の数々が科学的にそれを検証しました(e. g. O’Brien et al., 1985)。
 話は変わりますが、これら関連論文の翻訳は東京動物園協会発刊の雑誌『海外動物園水族館情報』に掲載されています。この雑誌は、先進的な海外動物園の潮流を、国内の動物園関係者にも広く知ってもらうのが目的でした。1992年に創刊された本誌の意義と出版活動を私は高く評価しています。残念ながら1999年に廃刊となったので余計にその気持ちが強まります。いろいろと理由はあったのでしょうが、いつか違う形で再開してもらいたいと願っています。
 閑話休題。
 過度の近親交配アレルギーについては、模様のないキリン誕生について遺伝学的観点から記事にされていた東大名誉教授の正田陽一先生も「少し近親交配の悪い点を述べ過ぎたかもしれないな」と苦笑いされていました。純粋種の保持と近交劣化の排除との兼ね合いは、動物園の難しい課題です。このことに関する正田先生の論考は、『動物園学入門』(朝倉書店)をご参照下さい(正田, 2014)。
 近親交配による影響、たとえば近交劣化(弱勢)の程度は種毎で異なりますし、個体によっても影響が現れる確率に違いが認められます。どこまでの血縁関係による繁殖がダメで、どこまでなら許されるのかといった科学的な基本情報は、ほんの一部の種で研究されているだけです。野外で起っている例を参考にしようにも、野生個体群内における近親交配の長期にわたる研究は限られています。
 飼育下で近親交配を回避する際、もしくは地域動物収集計画で血統管理する際には、人間の感情や倫理観ではなく科学(サイエンス)に基づいて実施する必要があるでしょう。

1

東京動物園協会が、海外の動物園水族館情報提供のために発行していた雑誌。
1990年代は、いろいろな意味で動物園にとってエポックメーキングな年代であったと思います。

【動物園種という概念】
動物園では、近親交配と同様に亜種間雑種や地域個体群間での交配も問題になります。純粋種の維持という観点からは、できれば回避したいところですが、こちらも徹底的に追及すれば動物園での飼育展示が困難になる場合が起こり得ます。
チンパンジーの亜種が国内の動物園で問題視され始めた1990年代に、ゴリラ研究者の山極寿一さん(次期京都大学総長)との会話の中で、彼がふと漏らした言葉が忘れられません。それは、『動物園種』というものがあってもよいのではないか、という意見でした。野生復帰の可能性がどう考えても低い動物種に関しては、厳密に亜種間雑種を避ける意義は低く、かえって飼育下での種の維持を難しくするのではないかという危惧を伴っていました。
 そして、現実に亜種や地域個体群や血縁関係を重視するあまり、繁殖が滞ってしまい動物種自体が動物園からいなくなってしまう危機が、たとえばコアラで生じたのです。この危機については、クイーンズランド種とニューサウスウエルズ種を同種とすることで、乗り越えた経緯があります。
動物園で動物を飼育展示することと種保全とは、異なるクライテリアにあるのではないかと常々考えています。動物園で動物の飼育展示を行う場合、どちらを優先するかは種によって、個体数や飼育スペースなどの制限要因によって、そして最終的には飼育展示目的や将来計画によって異なるはずです。いずれにしても、その時に必要となる判断基準は、時や場合や人によって左右される場当たり的なものではなく、論理的で科学的なものであるべきでしょう。とにかく、動物園という媒体を用いて、何を伝えたいのか、何を行いたいのか、そして何を継承してゆきたいのかを、明確にすることが大切だと思います。

参考資料
Ralls, K. and J. Ballou., 1983. Extinction: Lessons from Zoos. pp. 164-184, In: C.M. Schonewald-Cox, et al. (eds.). Genetics and Conservation: A Reference for Managing Wild Animal and Plant Populations. Benjamin-Cummings, Menlo Park, CA.

Ralls, K., Ballou, J. D. and Templeton, A., 1988. Estimates of lethal equivalents and the cost of inbreeding in mammals. Conservation Biology 2 (2) : 185-192.
http://www.montana.edu/kalinowski/CONGEN/20%20CONGEN%20-%20READING%20-%20Ralls%20et%20all%201988.pdf

O’Brien, S. J., Roelke, M. E., Marker, L., Newman, A., Winkler, C. A., Meltzer, D., Colly, L., Evermann, J. F., Bush, M., Wildt, D. E., 1985. Genetic basis for species vulnerability in the cheetah. Science 227 (4693): 1428-1434.
http://bio150.chass.utoronto.ca/labs/cool-links/lab5/OBrien_et_al_1985_lab_5.pdf

“Regional Collection Planning”
ヨーロッパ動物園水族館協会(EAZA)
http://www.eaza.net/activities/cp/pages/Collection%20Planning.aspx
アメリカ動物園水族館協会(AZA)
https://www.aza.org/regional-collection-plans/

正田陽一, 2014. 動物園における展示動物の遺伝管理. pp. 74-77. In『動物園学入門』, 朝倉書店, 東京.
http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-46034-6/

著者プロフィール

村田浩一(むらた・こういち)

1952年神戸市生まれ。
1978年から2001年まで、神戸市立王子動物園で獣医師として働く。
2001年、日本大学生物資源科学部へ転職し、2011年からは、よこはま動物園ズーラシア園長を兼務。日本野生動物医学会会長(現顧問)、IUCN/Wildlife Health Specialist Group東アジア地区委員長。専門は野生動物医学、動物園学。楽しく学べる動物園を目指して、日々、動物園内で主に楽しんでいる。趣味は、自然の中で静かに佇むこと。

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。