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Vol. 27 動物園が動物園であるために PART 4

2014.11.13

【動物園が生きていく目的】
「私たちが詩を読み書くのはカッコいいからではない。私たちが詩を読み書くのは人類の一員だからだ。人類は情熱で満ちている。医学・法律・ビジネス・エンジニアリングは私たちの生活に必要なものだ。しかし、詩・美しさ・ロマンス・愛情こそが私たちが生きていく目的そのものだ…。」

 映画『いまを生きる』の中のキーティング先生の言葉です。今年の8月に亡くなったロビン・ウィリアムズが演じていました。
 先日、この映画を飛行機の中で涙ながらに見て、動物園の本質はこれに近いものではないかと感じました。動物園の本質は、とてもシンプルで人間のエモーショナルな部分に働きかけるものではないかと考え続けていたからです。そうでなければ、200年以上もの間、動物園が世界中で存続することもなかったでしょう。そして映画を見終えてから、キーティング先生の言葉を次のように頭の中で言い換えていました。
 「希少種保全や環境教育は動物園にとって必要なものだ。しかし、動物たちに対する知的好奇心・興味・驚き・感動・畏敬・共感・愛情こそが、動物園が存続していく目的そのものだ・・・。」

【見るから見せるへ】
 ここまで書いてきて、私自身が再認識した動物園の本質とは、動物を見せて感動してもらう場であるということでした。きわめて常識的な結末です。
 さまざまな珍しい野生動物を飼育して多くの人たちに見せたい感動してもらいたいという思いは、世界初の近代動物園(Modern Zoo)であるロンドン動物園を創設したスタンフォード・ラッフルズも抱いていたはずです。自らが若い頃に東南アジア産の美しく珍しい動物たちを目にして驚き感動し知的好奇心を沸き立たせたからです。
 もちろん、飼育展示した野生動物を系統分類学や比較解剖学に活かすことも彼の大きな目的でした。ロンドン動物学協会の前身である動物クラブの規約にも動物学発展のために動物園に博物館と図書館を併設すると書かれています。
 しかし、一方で、もっと単純な興味や好奇心を珍しい動物に対して持っていて、それを見ることによる感動を他の人と共有したいという思いがあったのだろうと勝手に推測しているのです。
 見るために野生動物を飼う歴史は古く、すでに紀元前2000年のエジプトや中国で行われていたようです。中国古代王朝である周の文王は、領地の中に動物園(動物観覧施設)を持っており、その面積たるや35km2もあったといわれています。『白髪三千丈』的な誇大表現だと思われますが、2000年以上も前に観覧を目的として鹿や白鳥が放し飼いされ、多様な魚類が飼育されていたことに驚きを禁じ得ません。
 ただ、見ることと見せることとは大きく異なります。単に個人趣味で眺めて楽しむことと、不特定多数の人々とその機会を共有することの違いです。不特定多数への公開は、近代動物園の基本になっていますし、国内外の辞書にも明記されています。
 「見る」から「見せる」への転換は、いかに良く見せるかの技術向上ともリンクしてきました。不健康であったり瀕死状態であったりする動物など誰も見たくはないでしょう。来園者が動物を見て感動するためには、まず動物たちが満足している状況を作らなければいけません。そこで、動物たちを健康な状態に維持できる高度な飼育管理技術が開発されてきました。さらに来園者にとっても動物たちにとっても快適に感じられる飼育展示施設が発展してきました。
 話は少し変わりますが、近年さかんに議論されている環境エンリッチメントにしても生態展示にしても、その元になる考え方はかなり以前から必要性が訴えられていました。前者については、1942年に発刊された”Wildtiere in Gefangenschaft – Ein Grundriß der Tiergartenbiologie”(Heini Hediger著)、後者については、1912年に発刊された” Histoire des ménageries de l’antiquité à nos jours”(Gustave Loisel著)などが例として挙げられるでしょう。
ロンドン動物園のオープンから186年間、オーストリアのシェーンブルン動物園を世界初の動物園とするなら、その開設からおよそ250年間もの長きにわたり大切にされてきたのは、より良き飼育と展示の技術です。現在の動物園もその歴史的延長線上にあり、将来的に引き継いでゆく責務があることを関係者は認識すべきだと思っています。

 

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【魅せるための科学】
 動物園の本質は、動物を見せて感動してもらうことだと書きました。しかし、前号でも述べたようにそれは単なる見世物であることを意味しません。動物を用いた単なるアミューズメントでもありません。いかによく動物を見せるか、言い換えればいかによく魅せるかを意味しています。つまり、動物園は来園者を魅了できる動物飼育展示施設であるべきなのです。
 さらに魅せることの重要性は、魅了された人々がスムーズに学びの世界へと入ってゆけることにあります。明治8年12月12日、内務卿大久保利通が博物館附属施設として動物園と植物園を開設するため、明治天皇に上程した博物館の儀には、「此ニ遊フ者ヲシテ啻(ただ)ニ一時ノ快楽ヲ取リ其精神ヲ養フノミナラス旁ラ眼目ノ教ヲ受ケテ不識不知開智ノ域ニ進ン□ヲ要ス」と書かれています。現代語に訳すと、「来園者が動物園で遊び一時的な楽しみと慰安を得るだけではなく、園内を見て学ぶことで知らないうちに知識が開かれる」であり、まさしく魅了から学びへの流れを表しています。私は、この古くて新しいコンセプトを、「動物園は楽しみながら学べる場」と意訳し喧伝しています。
 学ぶのは動物のことのみならず、その生息環境のことであり、生物多様性保全の大切さであり、その内容や重要度は文化的発展の中で絶えず変化してゆきます。
 来園者が魅了され学ぶことのできる動物飼育展示にするには、飼育管理や飼育施設のみならず解説サインやガイドなど多様で広範な領域に及びます。そのバックボーンとなるのが科学(サイエンス)です。動物を見せて感動してもらうという動物園の本質は、近代動物園の発展過程でいつもサイエンスが支えとなってきました。そういう意味では、見せて感動させるサイエンスも動物園の本質と言えるかもしれません。
 動物園におけるサイエンスは、飼育下動物の肉体的および心理的健康を客観的に評価します。飼育管理技術の改善に役立ちます。希少種保全や環境教育の基盤にもなります。ただし、サイエンスを動物園のバックボーンとして定着させるには、体系化された学問がなければ難しいでしょう。

参考資料

Wildtiere in Gefangenschaft – Ein Grundriß der Tiergartenbiologie
Heini Hediger, Adolf Portmann
B. Schwabe (Druck von B. Schwabe), 1942.
邦訳『文明に囚われた動物たち-動物園のエソロジー-』
今泉吉晴・今泉みねこ訳
思索社,1983.

Histoire des ménageries de l’antiquité à nos jours
Gustav Antoine Armand Loisel
O. Doin et fils, 1912.
https://archive.org/details/histoiredesmna01loisuoft

『続動物園の歴史(世界編)』
佐々木時雄著・佐々木拓二編,西田書店,1977.

『大久保内務卿の博物館創設の建議』
大久保利謙, Mouseion 12: 12-15, 1966.

著者プロフィール

村田浩一(むらた・こういち)

1952年神戸市生まれ。
1978年から2001年まで、神戸市立王子動物園で獣医師として働く。
2001年、日本大学生物資源科学部へ転職し、2011年からは、よこはま動物園ズーラシア園長を兼務。日本野生動物医学会会長(現顧問)、IUCN/Wildlife Health Specialist Group東アジア地区委員長。専門は野生動物医学、動物園学。楽しく学べる動物園を目指して、日々、動物園内で主に楽しんでいる。趣味は、自然の中で静かに佇むこと。

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