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Vol. 26 動物園が動物園であるために PART 3

2014.10.16

【生きものを展示飼育する技術】
 動物園は博物館法で博物館相当施設に該当すると以前の記事(Vol.15)で解説しました。ただし、静物や死物を展示するのがメインの博物館と異なり、動物園では「生きもの」を飼育展示するのが主体となっています。その飼育展示の目的は、近代動物園が設立した当初から動物学や博物学への貢献であり、現在求められている希少種の域外保全のための意義とは異なります。しかし、いずれにしても生きものを展示飼育する場合も種を保全する場合には、高度な飼育技術が必要であることは確かです。さらに技術のみならず、生きものを飼う者(動物園の飼育係や獣医師)にはさまざまな義務が生じます。
 国際的な動物福祉上の基本理念として ”Five Freedom” もしくは ”5R” と呼ばれているものがあります。すなわち、1. Freedom from Hunger and Thirst、2. Freedom from Discomfort、3. Freedom from Pain, Injury or Disease、4. Freedom to Express Normal Behavior、5. Freedom from Fear and Distressの5つの自由で、英国では家畜を飼育する際の基本理念として提唱されています。日本語に訳すと、飢えと渇きからの自由、不快からの自由、苦痛と怪我や病気からの自由、日常行動を発現する自由、恐怖と抑圧からの自由となります。
 動物の権利とも言えるこの基本理念は、18世紀のフランスですでに存在していたという研究者もいます。すなわち、「自由・平等・博愛」をスローガンにしたフランス革命の時に、動物にも適応するという考えであり、フランス革命後に開設された国立自然史博物館附属動物園(パリ動物園)で踏襲されていたというのです。興味深い意見です。 話を元に戻すと、動物を飼育し利用する際には、これらの自由を保証することが、現在、国際的に義務付けられるようになっています。動物園でも、単に動物たちを飼うのではなく、かれらの生活の質(Quality of Life: QOL)を維持もしくは高める飼育技術が「環境エンリッチメント」として定着しつつあります。

【いのちを継承するということ】
 生きものを飼育する技術だけではなく、かれらの命(いのち)を別のかたちで将来へつなげてゆく努力、つまり科学を基盤にした命の継承も、長年の間、動物園が守り続けてきた砦もしくは橋頭堡と言えるものでしょう。
 いのちの継承という言葉は、飼育下で動物を繁殖させ子孫個体を残すという意味で使われることが多いようです。しかし、そのような狭い意味だけではなく、個体の生きてきた歴史を後世に残し伝えてゆくという広義の意味があると考えています。すなわち、剝製や骨格標本そして細胞などの保存、またはその動物から得られた科学的な知識や知見を将来へつなぐことです。
 端的に言えば動物学や生物学などへの学問的貢献ですが、もっと深い意味で古代ギリシャ時代から築きあげられてきた「知」の継承とも言えます。そしてその原動力は、梅棹忠夫氏が言うところの「デジデリアム・インコグニチ(desiderium incogniti:未知への探求)」であることは確かです。
 いのちの継承で思い出すのは、動物園獣医師としての現役時代、毎夜、自宅で何枚もの剖検所見を書いている時に投げかけられた連れ合いからの皮肉な言葉です。
「たくさん死ぬわね。今に動物園から動物がいなくなるんじゃないの?」
しかし、そんな言葉を左か右の耳に流しながら、とにかく残せるだけ記録を残そうと必死でした。外形や臓器の計測値、肉眼所見、検査結果など、できる限りの記録を死んだ動物のために残したかったのです。悲しいほどの自らの無力さを認識しながらも、死んでしまった(もしくは助けられなかった、悪く言えば結果的に殺してしまった)動物たちのいのちを将来に託したいという思いだけが強くありました。

 

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【いのちをつなぐサイエンス】
 近代動物園の始祖とも言われているロンドン動物園。そのロンドン動物園を設立した中心的人物が、スタンフォード・ラッフルズ(Sir Thomas Stamford Raffles)です。シンガポールを興した人物としてもよく知られています。彼は、幼少時代を東南アジアで過ごし、多様な野生動物と自然に魅了されました。長じて、それらの動物を母国に連れて帰り、学術研究に役立てると共に国民にもその魅力的な姿を見せてあげたいと考えるようになったようです。
 動物園は要するに見世物的施設であるとか、動物を見世物にしてどこが悪い!とか開き直られることがあります。たしかに動物園は、野生動物を来園者に見せて感動してもらう場です。そういう意味では、ラッフルズが抱いた望みと相通ずるところがあります。しかし、言葉から受ける印象の良し悪しは別として、動物園での感動を支えるのは科学(サイエンス)だと信じています。つまり、動物園は野生動物を見せる(魅せる)と共に生きものについて学ぶ場なのです。それこそが、ラッフルズの最期まで追い求めたものではないだろうかと思うのです。
 近代動物園の歴史を私たち動物園人は今も引き継いでいますし、これからも後世に引き継いでゆくべきものでしょう。引き継ぐとは、単に野生動物を飼育展示し続けるという意味ではありません。野生動物の飼育展示を生きものやその生息環境の理解に役立て、さらに学術研究による知を継承することなのです。すなわち、高度な文化的役割としての科学に対する貢献でありサイエンスを基盤とした「いのちの継承」です。

参考資料
『Vol.15 動物園ってなに? Part VII  ~ 法律の中の動物園 1 ~』
http://www.doubutsu-no-kuni.net/?p=17820

『梅棹忠夫 語る』(日本経済新聞社、2010年)

『エンリッチメント概論』
http://www.zoo-net.org/enrichment/outline/

“Five Freedoms”
https://www.gov.uk/government/groups/farm-animal-welfare-committee-fawc

“The Zoo: The Story of London Zoo” (Robert Hale Ltd, 2005)

“Landmarks in ZSL History”
http://www.zsl.org/about-us/landmarks-in-zsl-history

著者プロフィール

村田浩一(むらた・こういち)

1952年神戸市生まれ。
1978年から2001年まで、神戸市立王子動物園で獣医師として働く。
2001年、日本大学生物資源科学部へ転職し、2011年からは、よこはま動物園ズーラシア園長を兼務。日本野生動物医学会会長(現顧問)、IUCN/Wildlife Health Specialist Group東アジア地区委員長。専門は野生動物医学、動物園学。楽しく学べる動物園を目指して、日々、動物園内で主に楽しんでいる。趣味は、自然の中で静かに佇むこと。

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