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Vol.4 シジュウカラガンの悲劇

2015.9.28

 なぜシジュウカラガンが絶滅の危機にひんしたのか。じつは、人間が着る“毛皮のコート”が原因なのです。シジュウカラガンは、繁殖地が現在はロシア領の千島列島のエカルマ島です。この千島列島に、1915年(この頃は日本の領土)から日本政府が国策としてキツネをたくさん放し始めたのです。毛皮をとるための養狐事業として。そのキツネによって、シジュウカラガンはほとんど食べられてしまったのです。でもここで、多くの方は「鳥なんだから、飛んで逃げれば良かったんじゃないの?」と思いますよね。シジュウカラガンには、それができないかわいそうな事情があるんです。シジュウカラガンは、夏場、羽が生え換わる時期があるんです。幼い鳥にかぎらず、大人の鳥もすべて。その間は、普段通りには飛べないのです。羽ばたいてもすぐに落ちてしまって、ニワトリのような飛び方しかできなくなります。このときに、逃げられずにキツネの餌食となってしまったのです。
 実は、米国領のアリューシャン列島でも毛皮をとる目的でキツネが放され、シジュウカラガンが絶滅の危機にひんしていましたが、アメリカでは、たまたまアリューシャン列島の一つであるバルディール島にシジュウカラガンが生存しているのが発見され、私たちよりも先に、渡りを復活させようという事業が国策として始められ、飼育などが行われたのです。

●米国(アリューシャン列島);1915-35年
  ●毛皮業者が190の島で、キツネを集中放獣。
○日本(千島列島);1915年~
  ○日本政府がウルップ島で養狐事業開始(1915). 
  ○エカルマ島を含む中部千島で農林省水産局がキツネの放獣開始(1916-)
  ○その後、毛皮業者が千島、樺太で養狐事業開始
◆絶滅?;1938-62年
  ◆繁殖地の島(アリューシャン列島)で発見されず、絶滅したと考えられた
◇再発見;1963年
  ◇バルディール島で200~300羽が再発見された(アリューシャン列島)

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ワンポイント ロシア語講座
  第二回
   ありがとう 「スパシーバ」
     (何かが)欲しい時 「ヤハチュー」
   どういたしまして 「パジャールスタ」

著者プロフィール

阿部敏計(あべ・としかず)

1956年山形県生まれ。
小さい時からネズミや鳥を捕まえては自宅で飼っていました。
そして、近くに小さな児童動物園があり、母親の実家が仙台で、夏休みといえば八木山動物公園に行っていました。
そんな、そんなで動物園で働きたいと思うようになりました。
東北大学の農学部畜産学科の修士課程修了です。
シジュウカラガンの飼育係などから、係長、課長になり、現在は副園長です。

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