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Vol.7 越冬地放鳥

2016.4.7

 八木山動物公園が鳥の繁殖技術に長けていたので、アメリカから導入した種鳥からヒナがたくさん増えていきました。ひとまず、繁殖には成功しました。次は、それを野生に返すことを考えました。ここでネックになったのが、国の壁です。シジュウカラガンは、越冬地は宮城県でも、繁殖地、つまり千島列島は、実効支配を旧ソ連が行っていたのです。当時は、日本と旧ソ連には国交上の冷たい壁があり、自由に行き来することができませんでした。そのため、増えた鳥たちを繁殖地へ運ぶ手段は取れませんでした。
 そこで考えたのが、「シジュウカラガンを他のガンに混ぜて渡らせる作戦」でした。冬場に宮城県に渡ってきたマガンの群れなどに八木山動物公園で飼育しているシジュウカラガンを混ぜ、春先にマガンたちが千島列島方面へ飛び立つときに、一緒に連れて行ってもらおうと考えたのです。マガンたちの繁殖地はシベリアなので、シジュウカラガンの繁殖地よりずっと先なのですが、とりあえず一緒に北に渡ってもらおうと考えたのです。そして、シジュウカラガンだけが、途中の千島列島で降りてくれないかなと考えたのです。じつはこの作戦、失敗に終わりました。
 シジュウカラガンだけが、春先になっても飛び立たずにその場に残ってしまいました。おそらく、生まれたときからずっと宮城県で育ったので、北へ飛び立つ必要性を感じなかったのでしょう。でも、このままこの場所に居座ってしまっては、自然の生態系を乱してしまいます。仕方なく、羽の生え換わりで飛べない時期を見計らって、全て再度動物公園に連れて帰りました。
 さて困った。この事業自体が壁にぶち当たってしまいました。

1985年~1991年
伊豆沼周辺で越冬するマガンの群れの中に八木山動物公園生まれのシジュウカラガンを放してロシア極東地域へ渡らせる事業開始
 越冬地放鳥結果は、37羽放鳥し、24羽行方不明、11羽残留、2羽北帰と十分な成果が見られなかった

マガン

マガン

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  第五回
    こんにちは 「ズドラースト ヴィーチェ」
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著者プロフィール

阿部敏計(あべ・としかず)

1956年山形県生まれ。
小さい時からネズミや鳥を捕まえては自宅で飼っていました。
そして、近くに小さな児童動物園があり、母親の実家が仙台で、夏休みといえば八木山動物公園に行っていました。
そんな、そんなで動物園で働きたいと思うようになりました。
東北大学の農学部畜産学科の修士課程修了です。
シジュウカラガンの飼育係などから、係長、課長になり、現在は副園長です。

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