日本全国の動物園と水族館をつなぐ情報誌、「どうぶつのくに」「どうぶつえんとすいぞくかん」公式Webサイト

どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.8 繁殖地放鳥

2016.5.30

 ある転機が訪れました。旧ソ連が崩壊して国名がロシアへと変わり、民主化が進んで、1992年頃から日本とロシアとの国交が始まったのです。この機を逃すわけにはいかない!と、私たちも早速ロシアにコンタクトを取ってみました。すると・・・・・、やはり、同じ思いを持っている人はロシアにもいたんです。ロシア科学アカデミーのゲラシモフ博士という方が、アメリカのシジュウカラガン羽数回復事業を知っていて、自分たちも同じようなことをやりたいと思っていたようです。そこで、「じゃあ一緒にやりましょう!」と声をかけました。ここから、ロシア科学アカデミーとも共同で行うことになったのです。
 まず、1994年に仙台市、ロシア科学アカデミーカムチャッカ太平洋地理学研究所と日本雁を保護する会が、共同繁殖地放鳥事業に合意しました。そして、役割分担を決めました。日本雁を保護する会には、放鳥したシジュウカラガンが越冬するために日本に渡ってきたら、それを確認する作業を行ってもらう。彼らは、何千羽といる鳥の群れの中から1~2羽のシジュウカラガンを見つけるほど観察のスペシャリストですからね!そして八木山動物公園は、まず種鳥を育て、それをロシアに提供して、更にロシアに鳥の飼育技術、繁殖技術を教えました。ロシア科学アカデミーは、カムチャッカにある繁殖施設でシジュウカラガンを増やし、これを八木山動物公園のスタッフと共同で千島列島のエカルマ島に運んで放すという役割になりました。
 国交が始まった頃からロシアでもシジュウカラガンの飼育を始めたのですが、最初はなかなかうまくいかなくて。向こうは、鳥を繁殖するのはもちろん、飼育するのも初めてだから思うように増やすことができなくて、当初は十数羽しか放せないような状態でした。それに、放した数がそのまま日本に渡って来るかというと、そうではありませんでした。アメリカも放しはじめてから絶滅の危機を脱するまでに20年から30年かかっていて、1回に何百羽と放してやっと1~2羽渡ってくるようなものだったんです。

 

1995年~2000年
 千島列島のエカルマ島の環境調査を実施
 119羽の試験放鳥実施
2001年
 試験放鳥結果を受けて本格放鳥事業策定
  (財)仙台市公園緑地協会が事業参加
2002年~2006年
 本格放鳥実施 307羽放鳥
2007年~2010年
 ロシア側が単独放鳥 125羽放鳥
合計 551羽放鳥

1 2

第六回
   今 「セチャス」 明日 「ザフトラ」 昨日 「フチェラ」

著者プロフィール

阿部敏計(あべ・としかず)

1956年山形県生まれ。
小さい時からネズミや鳥を捕まえては自宅で飼っていました。
そして、近くに小さな児童動物園があり、母親の実家が仙台で、夏休みといえば八木山動物公園に行っていました。
そんな、そんなで動物園で働きたいと思うようになりました。
東北大学の農学部畜産学科の修士課程修了です。
シジュウカラガンの飼育係などから、係長、課長になり、現在は副園長です。

カテゴリー

カテゴリー一覧

このカテゴリーの他の記事

ページTOPへ

Copyrights © 2010 Doubutu-no-kuni All Rights Reserved.
誌面、Webにおけるあらゆるコンテンツの無断複写・転載を禁じます。