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Vol.20 マナとマリンと私の微妙な関係

2013.11.23

 突然ですが、私はラッコの『マリン』がだいすきです。

だいすきなマリンちゃん

 マリンは1999年12月9日、マリンワールド生まれ。自由奔放で少しわがままな性格をとても愛おしく思います。

マリン誕生時

 ラッコの母仔は通常、生後6ケ月ほどは一緒に過ごし、仔は母親のまねをしながらエサの食べ方や泳ぎ方、グルーミング(毛づくろい)などを覚えます。ところが、マリンの母親『チサ』は出産後5ケ月で発情し、オスとの交尾のためマリンの元を離れてしまいました。

 チサはそれまで、マリン以外の出産後も同じようにオスと交尾をし、その後、親子関係が戻る様子があったので、チサにとっては珍しいことではありませんでした。でも、マリンは他の兄弟たちと違って、チサを追ったり探さなかったため、そこで親子関係が断たれてしまいました。

チサに抱かれるマリン

 その時マリンはすでにオトナのラッコと同じエサを食べていましたが、グルーミングだけは、まだチサに手伝ってもらわないと満足にできない状態でした。

 ラッコは全身を両前あしで掻くようにして、毛の間に空気を入れます。この毛の手入れがグルーミングで、これにより空気の層を作り、冷たい水が直接地肌に触れないようにして体温を守っています。だから、グルーミングが上手にできないと、体温が奪われ命を落とすことさえあります。

 そのため私たちは、マリンの体をタオルで拭き上げ、ブラシをかけながらグルーミングの手伝いをしました。最初は警戒していたマリンも、だんだん慣れて私たちに体を預けるようになりました。小さな体を丸くしてグルーミングするマリンを見ながら、どうぶつは生きることに正直で一生懸命だということと、その姿の美しさを改めて感じました。

 そんなマリンが無事に大きくなり、2005年8月29日に初めて赤ちゃんを出産しました。この妊娠が分かった時はとても嬉しくて、この子の父親のように「元気に産まれてきてね」と毎日マリンのお腹に声をかけました。それからマリンは4回出産しましたが、2006年に生まれた赤ちゃんが9ケ月生きた他は、どの赤ちゃんも40日ほどで亡くなってしまいました。そして5回目の出産で生まれたのが『マナ』です。

マリンに抱かれるマナ

 マリンの母乳不足が確認され、マナの人工哺育をすると決まったとき、それまでの、見守ることしか出来なかったときとは違い、何が何でもこの命を守らなきゃいけない!!と、強く思ったことは言うまでもありません。そんなマリンの子どもだからこそ、マナのことも大事に思っています。

 ところが最近、マリンの私に対する態度が冷たいんです(涙)給餌の時間は飼育員の、向かって左側にマリン、右側にマナが位置につきます。でも、私がやる時は目の前にマナが陣取り、マリンは左手を思いっきり伸ばさないと届かないところにいます。マナを右の方に追いやって私の前を開けてもマリンは近づいてきません。

私が給餌するときのマリンとマナのポジション ※水色の半円は正座をしている私の膝です

 「マリンちゃん手見せて」両手を差し出すと、指先にほんの少しだけ前あしをちょこんと乗せて「ウゥ~」と怒った声を出すこともあります。「あたしも て みせようか~」と、マナが割り込んでこようものなら、スゥ~ッと遠くに泳いで行ってしまうことも・・・。

マリンを触ろうとするとマナが割り込んできます

 他のメンバーに話すと「土井さんは『マナちゃんのお母さん』だからじゃない?」と・・・。確かに私はラッコ担当の中で、マナの一番の遊び相手だと思います。

水温計を狙うマナ

だけど、マリンのことも誰よりもすきだという自信があります。
私のマリンへの思いはいつか届くのか、マリンとマナと私のビミョウな距離はいつかバランスがとれるようになるのか、だいすきな2頭を前に毎日悩んでいます。

著者プロフィール

土井 翠(土井 みどり)

佐賀県出身。1997年4月 マリンワールド海の中道に入社。
同年7月に展示部海洋動物課に配属後、アシカ・アザラシ・ラッコの飼育業務やショー運営を行い、現在に至る。
動物たちは我が子のようでもあり、友達でもあり、一緒に仕事をする大事な仲間。

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