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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.89 3月18日

2020.3.21

大切な人の生まれた日や運命的な出来事があった日、大きな決断をした日、新しく何かを始めた日、心が張り裂けそうな想いをした日・・・ヒトは誰しも、心に秘める絶対に忘れられない日を持っているだろうと思います。
わたしにもそんな大事な日がいくつかあります。
そのうちのひとつが3月18日。カリフォルニアアシカ『リッチ』の命日です。

生前のリッチ

リッチが亡くなったのは2005年。
その年の1月から体調を崩し、数日経った頃から自力で餌が食べられなくなったため、普段生活をしている獣舎や他のアシカたちと離れて、治療に専念することになりました。
マリンワールドではアシカたちにアジやサバなどを丸ごと一尾、または2~3cm幅のぶつ切りにして与えていて、アシカはそれを噛まずに丸のみにします。
リッチが餌を食べられなくなってからは、毎日点滴を行い、どろどろのペースト状にしたアジやサバに薬を混ぜたものをチューブで胃の中に流し込みました。そのような処置を行うためには保定をする必要があります。
押さえつけて無理やり口を開けさせられる・・お医者さんに、どうしても必要なことだと伝えられ、理解したとしても、それがとても苦痛だということは誰にでも想像ができるでしょう。どうぶつの場合は共通のことばがないので伝えることは出来ないし、回数を重ねるごとに拒否反応が強くなります。リッチも最初はケージに入ることを拒んでいましたが、毎日処置を行ううちに、ケージの扉を開くと自分から中に入って横たわるようになりました。整った顔つきで頭が良く、当時はメスのリーダー格だったリッチ。仲間に見られていないところでも彼女の凛とした美しさを感じました。
そんな処置が3ヶ月続き、一時はサバを口の中に入れると自力で飲み込めるほどまでに回復しました。
が、それは長くは続きませんでした。

そして、酸素吸入が必要なほど呼吸が不安定になり、3月18日の夜は交代でリッチの様子を見ることになりました。わたしは自分の当番のときに静かに横たわるリッチと色んなことを話しました。
本当はイルカが好きで水族館で働きたいと思ったこと。最初はアシカが怖かったこと。先輩の指導も怖かったこと。ショーに出て人前で喋るのがとても嫌だったこと。でも、リッチやみんなが大好きになって、ショーがとても楽しくなったこと・・・。
今までこんなふうにふたりきりになることはなかったよね、と笑ったことを今でもよく覚えています。
そして、リッチは私の目の前で息を引き取りました。

わたしの言いたいことをひと通り聞いてくれたあと、目の前でがくがくと痙攣を起こしたリッチにわたしは、「いや!死なんで!」と大声で叫ぶことしかできませんでした。「リッチ!リッチ!」と何度も名前を呼びながらからだを揺らすことしかできませんでした。
他に何かできたのかどうか分かりませんが、あのときのわたしはとにかく無力でした。
あれから15年が経ちました。何度もリッチのことを想いだしますが、今はリッチの最期にもっと何かしたかったとか、こうすればよかったとかの後悔はありません。
あるのは、あのときをふたりで過ごせてよかったという想いだけです。

いつもはラッコのことを書かせていただいていますが、今年の3月18日はいつもより余計にリッチのことを愛おしく想ったので紹介させてもらいました。次回からはまた、ラッコのお話を紹介しますね。

著者プロフィール

土井 翠(土井 みどり)

佐賀県出身。1997年4月 マリンワールド海の中道に入社。
同年7月に展示部海洋動物課に配属後、アシカ・アザラシ・ラッコの飼育業務やショー運営を行い、現在に至る。
動物たちは我が子のようでもあり、友達でもあり、一緒に仕事をする大事な仲間。

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