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Vol.82 手で触れること

2019.8.31

福岡では7月の末頃からしのぎがたい暑さが続いていましたが、夏休みの後半は急に涼しく過ごしやすくなりました。福岡市では今日から新学期が始まり、わたしは毎日のお弁当作りから解放されてホッとしています。

夏!

さて、マリンワールドではラッコの繁殖を目指して、日常の健康管理を含め、餌料種の見直しや環境の整備、必要なトレーニングなどの検討をし、出来ることから取り組んでいます。
ところで皆さんは、ラッコの繁殖行為がとても激しいことをご存知でしょうか?
ラッコの交尾はオスがメスの背後から覆いかぶさる姿勢で行われます。体勢を保つために、オスはメスの鼻に激しく咬みつきますが、それにより出血をすることも少なくありません。繁殖行為でダメージを受けるだけではなく、野生では鼻の傷が致命傷となり、感染症を引き起こしたり命をおとすこともあるといいます。
野生個体保護のため、ワシントン条約により取引が規制され海外からの輸入が途絶えていることに加え、水族館生まれのラッコたちが世代を重ねるうちに段々と野生の本能が薄れてしまったのか、オスが交尾に消極的になったという話もよく耳にします。実際に、現在飼育中のオス『リロ』もそうで、メスに少し強く拒まれると交尾を諦めることがありました。歴代のオスたちは「もう止めて!」と途中で割って入りたくなるほど激しい交尾だったので、リロのその様子を初めて見たときは「え?!辞めるん?!」と、びっくりしたことを覚えています。
それでも、2012年に一度子どもが生まれているので繁殖可能なことは分かっていて、これまでもマナとの交尾を何度も確認していますが、残念ながら妊娠には至っていません。

ちょっと控えめなとこがあるん・・

ヒトの世界では、避妊をせずに一般的な夫婦生活を行っているにも関わらず、1年以上赤ちゃんを授かることが出来ないことを不妊症と言いますが、不妊症は病気ではありません。ただ、痛みや不快感もなく、検査でわかることも少ないため原因の特定は難しいと言われています。
不妊治療にたくさんの時間を費やしてもなかなか新しい命を授かることが難しかったり、せっかく妊娠してもその命がうまく育たないということもあり、命の誕生というのは本当に思い通りにはいかないものですね。

また、以前参加した講演会で、最近は自然な妊娠や出産を望めない人が多くなってきたという話を聞きました。
合わせて、妊娠や出産を「怖い」と感じる方がとても多くいらっしゃると。だけど、出産時は赤ちゃんを愛しく感じ、母性愛が強まる効果がある『オキシトシン』がとても多く分泌されるから、本当はとても幸せなことなんですよとお話されました。
その講演会の内容はどうぶつにも当てはまるんじゃないかと思うこともあったし、別名『幸せホルモン』と呼ばれるという『オキシトシン』にとても興味が湧いたので調べてみました。

しあわせホルモン?

オキシトシンは人と人との寄り添いや肌と肌とのふれあいによって脳内で産出されるホルモンで、身体の隅々に届けられ、落ち着きや不安の軽減、治癒力の促進といった好ましい効果を生み出します。
ただ、脳内部の深いところに潜んでいるので、その効果はすぐに目に見えるものではなく、意識にすら上がってこないといいます。だから、その効果を知るとオキシトシンをうまく働かせることが出来るそうです。
また、進化上は非常に古い物質ですべての哺乳類が持つ化学的に同一の小さなたんぱく質です。
出産時に脳内に供給されると母親の子育てのスイッチが入ります。ほとんどの哺乳類の母親は子どもに母乳を与えるだけではなく、近くにいて温め、体を舌で舐めて手入れをします。それにより、お互いの絆が深まるのです。オキシトシンは母子間だけではなく、安全な場所で仲間と過ごしたり、群れたり、交尾をすることでも放出されお互いに安らぎを感じることが出来るそうです。
そういうことを知ったうえでリロとマナを見ていると、穏やかな表情で寄り添い、触れ合っているときはお互いに多くのオキシトシンを放出しいているんだろうなと感じます。

しあわせ感じてる?

最近では単身世帯や生涯未婚者などの増加に見られる家族の規模や構成の変化といった現代的状況を背景に、自宅でペットと暮らす人は増えています。
経験がある方はペットがそばにいると、それだけで安心して癒されることを実感されるでしょう。
ペットの代表格であるイヌは、自分たちが恐れを感じない人間に撫でられたり触れられたりすることで穏やかになれるそうです。他のどうぶつの場合はどうなのか、まだよく分からないようですが、水族館や動物園で暮らすどうぶつ達はどうなんでしょう?詳しい方がいらしたらぜひお話を伺いたいものです。

また、欧米ではペットのセラピー効果の研究が進んでいて、日本でも学校や老人ホームへどうぶつ達を連れて行く活動が活発になっています。
ある研究によると、どうぶつもヒトもマッサージを受けているときは胃酸分泌を刺激するホルモンのレベルが低下することが実証されています。
他にもマッサージには多くの有益な効果を示す科学的研究が多数あります。不安やストレス、抑うつを緩和する効果に加え、幸福感を生み出し、集中力や学習能力を向上させ、ヒトとの関わりを高めることも分かっています。
マッサージには多くの種類があり、それぞれの治療法が誰に対しても全く同じ効果を生むわけではありませんが、ヒトの場合はお互いに触れ合うことで放出されるオキシトシンが双方のコミュニケーション能力と欲求を高め、さらには愛情のある結びつきを深めるのに貢献すると言われています。
筋肉を強く刺激するマッサージやリンパの流れをサポートして老廃物の排出を促進するリンパトリートメント、ただ優しく触れるだけのタッチセラピーなど、どれも共通していることがありますが何だか分かりますか?それは、使う道具がヒトの手ということです。手が伝える温かさが脳内のオキシトシンシステムを活性化させるそうです。

ふれあいが大事

わたしはマリンワールドで、ラッコをはじめとしてたくさんのどうぶつ達と接してきました。相手のからだに触れるときはいつも、自分の手から、愛しいという気持ちを伝えいるつもりでいました。 それが伝わっていたのかも相手がどう思っていたのかも、今のわたしには確認する方法がありませんが、いつか話ができるようになったら聞いてみたいものです。 ここで生活をしているどうぶつ達はペットではないので、超えてはいけないラインがあることは分かっているつもりですが、手で触れることでお互いにしあわせを感じることが出来たらいいな、と、そんな取り組みをしてみたいな、と思っています。

著者プロフィール

土井 翠(土井 みどり)

佐賀県出身。1997年4月 マリンワールド海の中道に入社。
同年7月に展示部海洋動物課に配属後、アシカ・アザラシ・ラッコの飼育業務やショー運営を行い、現在に至る。
動物たちは我が子のようでもあり、友達でもあり、一緒に仕事をする大事な仲間。

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