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Vol.9 オオカマキリの秋

2012.11.15

山間部を車で走っていると多くのカマキリがアスファルト上で確認できます。当然道路上ですので、かわいそうな姿も見うけられます。「なぜ道路上に出てくるのだろうか、草むらにいればいいものを」毎年この季節のなると疑問に感じるものの、とりたてて調べることもなく秋が通り過ぎていきます。

子供のころは甲虫以外に興味がなかったのですが、写真の対象として様々ないきものを撮るうち結構カマキリにハマってしまったのです。始めは昆虫界のギャングとしてのリアルさについ引き込まれてしまったのですが、生きゆくものは必ず他のいのちを奪わなくてはならないという掟そのものなわけで、われわれも同じで、綺麗事では生きられません。カマキリの姿から命の尊厳、慈しみという大切なことをこの年になっても学ばせていただくことが出来ます。

里山の秋、カマキリは探さなくともいくらでも出てきてくれますが、都会ではどうなのでしょう。ネットを見るとカマキリはカブトムシ以上に高値を付けて売られています。このような現実を見ると、自然界の生きものに生で接する機会が少なくなってしまった子供たちには大きなマイナスではないかと思います。

この独特の顔が人によっては好きと嫌いにわかれるのではないかと思う。
朝露の目や触角は気にならないのか、このままの姿でじっとしていた。

真っ赤なウメモドキの実と秋晴れの空をバックにオオカマキリが美しく見える。
逆さまにぶら下がっていることが多いが、木の枝になりきって獲物を捉えるようだ。

バッタを捉えたオオカマキリ。一見残酷だが、われわれも含めて皆同じ営みを繰り返して生きているのである。そして全てのいのちは繋がっている

交尾の光景だが、オスはメスより随分と小さい。交尾中にメスがオスを食べてしまう話は有名で、オスは何とも哀れであるが、オスが重要なタンパク源となり産卵に挑むのかと思うと、理にかなっているということか。

雑木林で産み付けられた卵を見つけた。しかし数日後、もうそこに卵はなかった。きっと野鳥に食べられてしまったのだろう。きびしい繁殖の現実がそこにはあった。

秋が深まるとバッタなどの秋の虫はだんだんと死に絶えていきいなくなってしまう。 餌となるバッタがいなくなるとカマキリも生きてはいけない。やがてカマキリも草むらから姿を消すことになるのだ。

著者プロフィール

森勝彦(もり・かつひこ)

1963年石川県生まれ。立山の大自然とその地で生きる雷鳥に心を奪われライチョウ撮影がライフワークとなる。そののちブナ林にいのちを感じ雑誌に発表する。現在、里山こそいのちの原点であると多角的に撮影中。1997年 写真集「奇跡の鳥ライチョウ」(山と渓谷社・2010年 写真集「雷鳥―神々の使者」(TECS)出版。

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