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Vol.15 里山のおきて

2013.8.1

里山の自然に接しながらいきものを見つめていると、決して綺麗ごとでは生きられない現実があることがわかってきます。それは、いのちあるものは他のいのちを奪わなくてはいけないと言う「おきて」です。草食、肉食に関わらずそれは他のいのちの存在により成り立っているわけで、当たり前のようでもあまり実感がないのが正直なところでしょう。小動物が昆虫を捕食してもそれほどピンとこないでしょうが、そう言った「おきて」で自然界は成り立っているのです。

TVなど見ているとサバンナに生きる大型哺乳類の喰うもの喰われるもののドラマが繰り広げられていたりします。迫力ある映像を見て外国のいきものは違うなと思ったことはないでしょうか。実は私は子供の頃ずっとそう感じていたのです。確かに日本の里山の生きものを撮影していてサバンナに匹敵するような迫力ある場面に直面することはないですが、捕食行動自体は決して珍しいわけではなく昆虫、小動物等で接することがあるものです。いのちのサイズが違うとイメージが和らぎますが、捕食の意味に大小はないのです。

このようにわたしが「里山のおきて」を実感すると言っても決してショッキングな場面に接するわけではありません。何気無いいきもの達の日常の中に厳しい現実が見え隠れするのです。当たり前と言えばそれまでですが、日本の里山にもサバンナと同じいのちのドラマが存在すると思うわたしの里山通いは、多くの感動に包まれているのです。

獲物を求めて夜の森を徘徊する肉食・雑食系のハクビシン。個体数もある程度いそうだ。

喰われる側のアカネズミを見つめる捕食者のハクビシン。
哺乳類の中でも一番弱い立場のアカネズミは相当数がこの森に生息している。
毎晩のように繰り広げられるであろういのちの営み。

巣穴から出てきたアカネズミ。
巣の中は安全だが巣から一歩外に出れば危険と隣り合わせ。

その巣穴をのぞきこむのは捕食者のテン。
明らかなアカネズミ狙いのテン、この瞬間にうっかり巣穴を飛び出してしまえば、テンの餌食となるわけだ。巣穴入り口はいのちを繋ごうとするものの生きざまが交差する場所。

梅雨末期の杉林は幻想的だが、夜ともなれば多くの生きものたちが、走り回る賑やかな世界となる。いのちの躍動に満ちた里山は非常に重要な環境なのである。

著者プロフィール

森勝彦(もり・かつひこ)

1963年石川県生まれ。立山の大自然とその地で生きる雷鳥に心を奪われライチョウ撮影がライフワークとなる。そののちブナ林にいのちを感じ雑誌に発表する。現在、里山こそいのちの原点であると多角的に撮影中。1997年 写真集「奇跡の鳥ライチョウ」(山と渓谷社・2010年 写真集「雷鳥―神々の使者」(TECS)出版。

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