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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.15 サクラマス

2012.9.3

さくらます―― 美しい名のこの魚は、ヤマメの降海型で70センチ程になり春に遡上する。
不思議な事にサクラマスの大半はメスだ。
抱卵する上で海洋生活を経たほうが生理的に有利なのかもしれない。

ひんやりとした早朝の滝

陽光が差し込み、大気が暖まると盛んに跳躍を始める。


遡上して間もない時期のサクラマスは白銀に輝き、体高が広く、頭が小さい。
その外見からは海での回遊能力の高さが伺える。
海の深場で回遊していたものが、環境の異なる川へと生活を移すわけだから河川生活の初期はかなり神経質だ。
白泡が立つ激流の中や深みの周囲に定位し、物音をたてたり、人影が見えたりすると弾丸のように泳ぎ去る。

滝の狭窄部にわれがちに集うサクラマス。

一見魚影は無いが、時折背ビレが露出する。


そんな彼女らも、川での生活が二ヶ月を過ぎる頃になると体が絞られ、性格を変え、障害物に潜むようになり隠れながら休みながら、渓流の最深部や魚止めの滝を目指す。
源流点へたどりついた個体は休息をとり、体の成熟と時期を待ち、理想的な産卵地を求め下流へ降下を始める。
産卵のより良い条件や、可能性と選択肢を増やすために彼女達は上流へ引き寄せられている。

流芯を進むサクラマス。


しかし、源流に達するのは体格と身体能力に恵まれたごく一部。
大半のサクラマスの産卵地である中上流域は、魚類の餌となる昆虫類が豊富で河畔林も良く育ち、水陸ともに生物層に恵まれた生産力の高い土地だ。
こういった場所には将来のサクラマスであり、伴侶でもあるヤマメが数多く生息している。

陽だまりの淵でひと休み。

婚姻色が濃くなってきた。
岩陰に潜み、体の成熟を待つ。


だが、1970年代頃から20~30年かけて熱病のように行われた様々な公共事業、河川改修や宅地造成が環境の安定した豊かな土地を奪ってしまった。
豊かな土地は一見何の変哲もない場所であり、現在の市街地や人里の内外に隣接していたのだ。

平瀬に定位する成熟個体。
左下部は卵をねらうオショロコマ、上部は産卵に参加するヤマメ(サクラマス河川残留個体)。


―家を出て、数歩先の川へ向かいガラスのように透過する水面下を眺めれば、15センチ程のヤマメが何匹か連なりマダラ模様をヨチヨチ左右に揺らしている―。
そんな光景が普通だった。 

つがいのサクラマスをベニザケがかすめていく。
水中の秋の何と美しい事か。

身体をくねらせ、産卵床を掘り産卵にそなえる。


僕の成長とともに夢のような場所は失われていった。
幼すぎて何も出来なかったが、当時の川へ潜ってみたかったと痛切に思う。

体が浮き上がるようになったある日――(七月末~八月上旬)

巣には誰もいなくなった。


 

サケとは違い、白銀の魚体で未成熟なまま母川へ戻るサクラマス。
遡上当初のシミひとつない白銀は春の優しい光を、時の経過とともに質感が硬くなるウロコは彩度の強い夏の陽射しを反映したものだ。

木の上で親を呼ぶ子ども。飛ぶ、というより巣立ちは落下に近い。

巣立った、とはいっても自由に飛び回る能力はない。
生活力が身に付くまで親が世話をする。 

 

夏の中頃まで銀色を保ったサクラマスは秋へ向う森林の色彩の変化に合わせ、魚体を赤く染め、成熟してゆく。
そして黒くサビた河川残留型の雄ヤマメに迎えられ、産卵の時を待つ。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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