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Vol.102 川、エプロンちゃんのその後。

2019.12.18

 先日、気心の知れた友人に誘われ、川のアセスメント調査に同行した。
渓の木々の葉はすっかり落ち、両岸沿いには人の体重を支えるくらいはできそうな厚めの白い氷が張り出し、澄んだ水が空を薄く映して流れている。

サケでランチ。
寒いのか、甘えているのか、お尻をゴシゴシお母さんの背中に押しつけ始めた。

数日前に下流の橋を素通りした時には、大理石のように厚く、硬そうな氷が川を完全に覆っている様子が車の窓から見えていた。
ああ水界が閉ざされたな、今年も終わりだな‥ と考えを巡らせたりしていたから、あれからまた随分気温が上がり、氷が融けたのだろう。
ちょっと前に友人は先に下流を見てくるよと言い残し、向かった。
カメラもなく、荷物もなく、僕は河原を上流へゆっくり歩いている。

お母さんも力を入れて踏ん張り、エプロンちゃんに合わせているのがわかる。
いつの間にか遊びに変わったようで、表情もちょっと笑っている。

ひんやりとした渓の空気が水の流れに引かれ、するりと過ぎてゆく。
そこに居るだけでもいい。
川はいいものだ、と思った。
ざく、ざく、と砂利と霜を踏み歩き、岸に張り出した厚い氷にたどり着いた。
暖かな陽の光を受け、表面が僅かに溶け始めているようだ。
明らかに滑り、上を歩くのは危険に思える。

勝ち気で賢そうな面構えのエプロンちゃん。

つづら折りの流れの、曲がり淵はどれも胸かそれ以上ある深さで、そこで岸沿いの氷も都度途切れる。
交互に浅い岸へ向かって移動しなくてはいけない。
氷上を移動し、その先で途切れた氷を降り、水中を立ち歩かなくてはいけないが、これが案外面倒に思えた。
氷の途切れと川の流れに近づくほど、水に洗われた氷は脆くなるだろうし、予想外に踏み抜けばバランスを取るのは困難で、最悪全身ずぶ濡れになるだろう。
何より氷がよく滑るし、足を差し入れた部分の岩や砂利が滑らないとは(川によって生えるコケや垢のタイプが変わり、滑る程度も相当変わる。)限らない。

のんびりと続く食事。

しかし、僕はこういったつまらない危険回避が結構得意だ。
氷の上に座り、体を少しずつ押し、滑らせながら移動。
これならもし割れても片足を先行させて立ち上がればいいし、座った方が体重の分散にもなり、氷を割ることもない。
実は、数日前に僕は強く足を捻っていて、まともに歩く事ができないでいた。
友人が先に下流を見に行ったのは、負担をかけまいとの気遣いだ。

 

 

渡り終わった対岸で振り返ると、友人が僕に追いつき、氷と川をどうやって渡ろうかと逡巡していたが、同じスタイルで渡り始めた。
無言で眺めていたが、座り込んでヨチヨチと、少しづつ体を押し出し始めた友人と目が合い、なぜか可笑しくて二人で大笑いをしてしまった。
氷が割れるかもしれない、不測(むしろ不測は面白い‥)の出来事が起こるかもしれない、座り歩く事の無様さだったかもしれないし、今日は調査の道具やカメラを持っているのは友人だから、もし水没すればひどく損をする、という緊張感もあっただろう。
会話があって、意味があって笑ったわけではないが、全て判っている。
それがなんとも良かった。

日々、必要な動作を覚えてゆく。

砂防ダムや人工物の有無、サイズ、オショロコマの産卵床などを記録しながら1キロ少々渓を歩いた。
記録を取る際には10センチごとに赤と白で横縞に色分けされた1メートルほどの鉄製の細い棒を添えて比較対象として写真に収める。
その棒を持ってダムや構造物を背景に立つのが僕の仕事だ。 障害物の乗り越えや降下には体幹の動きが大事だから、あまり足首が不自由な事は影響しない。 そもそも起立が難しい場所なら膝上が上がればどうにでもなるし、水中に立ち込んで歩いた方が浮力が効いて楽だ。

冴えた寒気の後の暖かな日。

主となる場所の調査を終えると友人は、もう一つ上の淵へ向かっていいか? と尋ねてきた。
砂防ダムから上は渓相が良く、穏やかな河原が庭のように続いている。
「いい川だ」「いい川だ」とそれぞれに独り言のような会話と返事。
友人は調査とは関係なしに、単に見たいのだろう。
不思議なもので、川が好きな人は先へ先へ、源流へ進みたがる。
いいよ、と答えて上流へ向かう。
しかし、普通に歩き易い場所が却って僕には歩き辛かった。
この感じなら相当先行してもすぐに戻れるだろうし、渓相はしばらく歩いても変化はしないだろう。
そう考え、一つの淵に辿り着いた後は、先を歩いている友人をそのままに、僕は石の上に座り、待つ事にした。

眠るその日まで、ひたすら食べる。

待っている間、色々と考えが巡る。
仮に先月でもこんなに暖かい日は稀だろう、それも水辺で。
年末の水辺はシャーベットが途切れなく流れてきて、川面が凍り、寒気が退く事はないものだが。
ちらほらと土砂に紛れて見えている、来年を待つふきのとうの芽も若干柔らかそうに見え、完全には眠りについていない気がする。

今日は雨が。 
寒気が雲を押しのけて、夜には激しく冷え込みはず。

あまり大きな川ではないが、こんな所でも夏から秋にはサケが押し合いへし合い、群れ泳ぐ。
下流にサケマスの孵化場があるのがその理由だが、年末であっても、10年程前ならボロボロのサケやマスがひしめき合っていたし、その中に混じり、新しく遡上してきた銀色の魚(後期遡上群)も見えたものだが、今は全くいない。
どこの川へ行っても、それが年末ではなくとも、サケやカラフトマスは減ってしまい、孵化事業をしていない河川ではここ何年もまともな遡上は観察できなくなった。
何かで読んだが、知床でクマが食べるサケの量は食事の全体量の5%に過ぎないという。
どういった計算から導き出されている数値なのかは知る由もないが、世界各地で同様の調査をした上での比較らしいので、ある程度の根拠はあるのだろう。
恐らく現在そういった調査をすればもっと低い数字が出るはずだ。

湿原では星が舞う。
上がり始めた川霧が、朝までに草木を砂糖菓子のように凍らせるだろう。 

暖かく、過ごし易い、とてもいい日だ。
今日は穏やかな美しい日ではあるけれど、微妙に変化を重ね、既に狂いは大きくなっている。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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