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Vol.97 魚群と、けものと、人と。

2019.7.18

 最近、不意に「八木さんの写真は主に何が対象なんですか?」というような質問を受けた。
作品を見れば分かりそうなもの‥と、一瞬回答に窮したが、質問は多分にそういった意味ではなく、撮影の原点がどこなのか?というような事だろう。
ちょっと考えて「サカナだと思います」と返事をした。

魚との距離感が近すぎるせいか、最近の僕は魚もケモノ的に見えている。

「サカナを撮りたくて撮影を始めて、クマなんかはオマケです。最近はオマケのほうが多くなってしまい、少々悩んでいます」と答えた。
ただ、それはあくまで原点の話であって、今では扱いの差はなく、どちらも僕にとっては大事な自然の象徴なのだが。

水の跳ね音に気付いた狐が忍び足でやってきた、目線の先に水しぶき。

その原点であるサカナも、自己分析をしてみると好きな傾向は大きく二通りあるようで、一つは可愛くて好き。
もう一つは美しさと捕獲や接近の難易度から、ある意味畏敬を覚えるような感覚として好き、というように分けられるようである。
可愛くて‥にはウグイやカジカ、ハゼ、フナ、コイ、トゲウオ、ヤツメウナギ等々あり、難易度の高いものにはサクラマスを挙げておきたい。
他にも質感が好きなものとか、行動の生命力溢れる感じや、美味しさが好きなど、何かしら細かな区分けはあるのだが、アカハラ(ウグイ)とサクラマスが僕の中で双璧だ。

 

 

気温が上がり始めると、卵を産む為アカハラが瀬に乗っ込み、あちこちでバシャバシャと水しぶきがあがり、ウグイの匂いがどことなく漂うようになる。
水温の上昇時期が遅く、夏への移行期間が短いせいではないかと思うが、道東ではウグイの種類や分布が多重で、ウグイやエゾウグイ、マルタウグイが折り重なって産卵する。
道南の、僕の郷里ではウグイの産卵に少しばかりマルタウグイが混じる程度で、ほぼ単一種が産卵行動をとり、魚群を形成する。

浅瀬での産卵行動。

エゾウグイはもっと上流部か本流に分布し、はっきりと生息と産卵場所、時期が分かれていたから、水中での風景は南と東では随分印象が違う。(興味のある方は過去の記事、vol.11を参照、写真を比較するとわかると思います。)
更に、ウグイの産卵期そのものが一ヶ月以上違う。
これはおそらく山の積雪の量と、雪融けの影響が八月にまで及ぶ、水温の低さからきているものと思われる。
もう十年以上前になってしまうが、初めて初夏の道東の川や湖に潜った際の低水温には驚かされた。
道南で半日くらいは行動できる程度のウエットスーツの厚さでは、水温が低すぎて道東では三時間も活動できなく、簡易なものでは30分も潜っていられないのだった。

水中では放卵時、竜巻のように魚群がうねる。釣り用語でのボイル(沸騰)の状態。

 もう数年、似たような事を書き続けているのでしつこいように思われてしまうかもしれないが。
ここ2~3年は積雪量が更に少なくなり、河川や湖の水位も低く、それに関連して川の水温がかなり上がっているように思う。
水温計を使ってなどの正確なデータを取っているわけではないので、感覚的なものだが、水の冷たさに冴えがない。

狙いを定め、一息に‥

周辺の奥地にはサクラマスが滝を跳躍する景勝地があり、人の訪れを報じる新聞記事なども度々掲載されているが、記事は「‥今年の遡上は例年よりも早く‥」という内容だった。
しかし、頻繁に潜って観察をしている僕の印象はむしろ逆で魚影はかなり薄く、本格遡上も遅かった。
どういうことかというと、雪が少なく、水温が高いせいで早くに遡上し、奥地の滝へ到達した個体群がいたのだろう。

捕獲に成功。

ウグイの遡上も同様で、魚群が少なく、例年であれば八月初旬程度まで続く産卵行動が、この記事を書いている今日も観察してきたが、すでに終わりかけていて、産卵床の魚もまばらになっていた。
産卵は魚類にとって最も大事なイベントで、この時期には本来の習性では考えられないほどの浅瀬に居着き、警戒心をさておき懸命に産卵に臨む。
新しい命を産み出す間際に、最も命を落としやすい危険な状態で過ごす理由は、どういった仕組みによるものなのだろう?

朱く染まる魚体、透明な碧。

バシャバシャと、飛び散る水しぶきに引き寄せられた子供の頃の僕と同じで、いろいろな動物も同じく狩猟本能を刺激されて引き寄せられ、水辺を覗き込む。
今年の遡上は既にほとんど終わってしまった。
けれども、僕も、けものも、諦め切れない心地で日々、いまいち盛り上がりに欠ける青い水面を覗き込み、本来なら続くであろうウグイの産卵をなんとなしに待っている。

 

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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