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どうぶつのくに どうぶつえんとすいぞくかん

Vol.68 厳冬のなめし職人。

2017.2.11

 自宅で作業をしている深夜、なんとなくの冷気を感じ一枚薄いフリースを着込んだ。
半島に数日間北風が吹き付け、雪が降り、あまり天気が良くない日が続いた後の、晴れ間の2月には底冷えがするこんな日が度々ある。
おそらく今夜、海流に乗って流れ着く流氷が星空の下、家の前の海を覆いつついあるはずだ。

雪の下をくぐる、身を切る冷たさの沢の流れ。

翌朝。
案の定、移動する途中の車外に見える海氷原は目視できる水面が皆無だった。
少し離れた場所にある沢へ向かう。

ハシブトガラスが集い、何かをつついている。

大気の「気温」として冷える感じではなく、海側の氷から発せられる、ゆらゆらと漂う冷気が山側を覆い尽くしつつあるのが体感できる。
冷蔵庫の片隅は、おそらくこんな感じだろう。
雪に覆われた、沢の流れを見下ろしながら斜面をカンジキで踏みしめて歩き、数時間ほど登り上がる。

綺麗になめされた、キツネの毛皮。
見事なものだ。

身体からわずかに立ち上がる湯気と周囲をぼんやり眺めていると、遠くからカラスの鳴き声がかすかに響いてくるのが耳に届いた。
鳴き声を辿り、河畔林の深雪に浸かりながら移動をすると、雪面にカラスが集い、つつく赤いものが見える。
何のご馳走を手に入れたのかな?と望遠レンズのファインダーを覗いてみたが、さすがに肉の種類まではわからない。
カラスの宴会がお開きになるのを見計らって近付き、確認をしてみるとキツネの骸だった。

別の場所ではエゾシカがなめされていた。
ほぼ食べ尽くしたのか、表情もなごみ気味で、食後の談笑といった雰囲気。

この時期に鹿が餓死して食べられることはあっても、キツネが対象になるのは珍しい。
車にはねられたものを、カラスかワシが奥地まで持ってきたのか?それとも何かしらの病気やケガが死因だったのだろうか?
何気に骸を拾い両手で広げてみると、僕ではサイズ的に無理だが、そのまま着れそうな感じに皮と骨が分離されていて、毛皮が綺麗になめしてあった。

美しい漆黒に降り落ちる雪。

カラスによる、毛皮のなめし技術は相当なもので、人間の手作業をはるかに超えている。
削り過ぎによるダメージもなく、このままミョウバン漬け処理をすれば多分、売り物になるだろう。
感心しながら、ふと思った。
遥か昔の人間は、こういった動物や鳥類が処理をした毛皮をそのまま身につけたのではあるまいか?
そして上手な毛皮のなめし処理を考える上では、凍らせる手順や方法もあるのかもしれない。

カァカァ‥と響く声を気にしつつ、見つからないように木陰から伺うシマフクロウ。
昼の住人カラスと夜の住人フクロウは仲が悪く、出会うと盛大な争いが始まってしまうのでなるべく出会いを避けている。

冬の僕は、薄手のダウン、ゴアテックスのジャケットに身を包んでいて汗も寒さも全く感じないが、これらはハイテク素材であり、僕の幼少の頃にはこんな便利なものは無かった。
2世代前くらいのもっと昔には防寒着は毛皮が主流であり、ほぼ全ての哺乳類の毛皮が高値で取引されていて、北海道を含む日本中からケモノが姿を消していた時代だ。

鳴き声に惹き寄せられ、キツネもおこぼれを伺ってやってきた。

現代のニュースでは、環境問題の多くを耳にするが、実はほとんどの哺乳類にとっては先の時代よりはずっと恵まれている。
道路に出てきて、心無い人間が与える餌を期待する、俗に言う「おねだりキツネ」なるものを見るたびに、お前は運が良かったね、と思わずにはいられない。
これが一昔前なら、車に接近した途端に棒で撲殺され、毛皮をむかれてしまうのがオチなのだ。

流氷原に陽が沈み、一日が終わる。

毛皮にさして価値の無い現在、キツネの原皮は上手に処理されたもので一頭15,000円程度だ。
猟師・加工・問屋を転々とするだろうから、猟師の取り分は5,000円程度だろうか?
カナダやアラスカの猟師はウサギ・シカ・コヨーテ・クマ・ヤマネコなどを数百は獲る、という事だから、これで財を築く事は日本の国土面積では生息数的に不可能だ。
自分では毛皮の処理が出来ないので、持ち帰る事はしなかったが、置いておくのは少々惜しい気もする。
5,000円か‥ちょっとした晩酌代くらいにはなるなぁと若干の後ろ髪を引かれる心地でその場を離れた。

著者プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。
写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。
北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。
愛用の機材はNikon F5 F100 FM2 D300

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